映画「ニュ−ヨ−ク公共図書館」と花巻中央図書館(構想)の狭間にて…:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
映画「ニュ−ヨ−ク公共図書館」と花巻中央図書館(構想)の狭間にて…


 

 「図書館は民主主義の柱である」(フレデリック・ワイズマン)―。米国・ニュ−ヨ−クのマンハッタン…時折、けたたましい消防自動車のサイレン音が行きかう雑踏の一角に二頭のライオン像に守られるようにして、ボザ−ル様式の荘厳な建物が建っている。世界最大級の“知の殿堂”と言われるニュ−ヨ−ク公共図書館(NYPL)である。この図書館を舞台にした映画「ニュ−ヨ−ク公共図書館―エクス・リブリス」(2017年)をやっと、見る機会に恵まれた。ドキュメンタリ−の巨匠、ワイズマン監督による3時間25分の超大作。不思議な感覚におそわれた。重厚な回転ドアを押して、私自身がその場に身を置いているような錯覚に陥ったのである。そこには民主主義を実践する世界がはてしなく広がっていた。

 

 場面はいきなり、イギリスの進化生物学者であるリチャ−ド・ド−キンス博士の長広舌(ちょうこうぜつ)から始まる。アメリカ社会に巣食うキリスト教原理主義者を徹底的に批判している。人気企画「午後の本」(Books at Noon)のひとこまである。息をつかせないような場面展開が次から次へと続いていく。この知の殿堂は1911年、「鉄鋼王」と呼ばれたカ−ネギ−財団の支援で産声をあげた。今では黒人文化研究図書館や科学産業ビジネス図書館など4つの研究図書館と88に及ぶ地域分館で構成されている。「これが、図書館なのか!」と頭に一撃を食らったような気持になった。

 

 消防署員や建設現場の女性、国境監視員などによる就職支援フェア、障がい者のための住宅あっせんサ−ビス、ネット環境が不足する貧困層への支援、中国系住民のためのパソコン講座、移民を対象にした無料英語教室、ボランティアによる点字指導、シニアのダンス教室、ピアノコンサ−ト…、そして、何とディナ−パ−ティやウェディング、ファッションショ−などに場所を提供する“図書館ディナ−”のイベントも用意されているではないか。そんな中に図書館幹部たちの会議の様子も随所に織り込まれる。「公民協働(連携)の予算をどうやって確保するか。紙の本か電子本か。(図書館を居場所にするホ−ムレスの問題にいかに向き合うべきか」―。丁々発止の議論が延々と続く。単なる図書館の内幕を興味本位に披歴する映画ではない。その背後には確固たる思想の水脈が滔々(とうとう)と流れている。たとえば、アメリカの奴隷制についての洞察が―

 

 手話通訳によって、アメリカ「独立宣言」(1776年7月4日、ト−マス・ジェファ−ソンらが起草)が朗読される場面がある。その際、図書館スタッフはこう説明を加える。「この図書館(舞台芸術図書館)の最高の所蔵品の1つがジェファ−ソンが書いた独立宣言の写しです。(独立宣言を採択した)大陸会議にかける前の草稿で、そこには奴隷制度を非難する箇所がありましたが、南部の支持を得るため、本稿からは削除されました」―。歴史の背後に隠された闇がこんな手法で明らかにされる。「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」…独立宣言はこういう書き出しで始まる。「人間の平等」がさりげない形で伝達されていく。見事というしかない。

 

 心地良い疲れを感じながら、映画館をあとにした。盛岡の町並みはもう、冬の気配だった。ふと、足元の図書館構想が脳裏によみがえり、我に返った。愕然たる思いがした。総合花巻病院の「移転・新築」計画とペアの形で浮上したのが「新花巻図書館整備基本構想」(平成29年9月)だった。以来、2年以上たった今になっても移転先や建物の構造に関する議論が先行するだけで、肝心な蔵書や運営などに関する本質的な図書館論議は聞こえてこない。“箱もの行政”の典型があちこちに見え隠れする。ワイズマン監督は映画製作の動機について、こう語っている。

 

 「ニュ−ヨ−ク公共図書館は最も民主的な施設です。すべての人が歓迎されるこの場所では、あらゆる人種、民族、社会階級に属する人々が積極的に図書館ライフに参加しているのです」(パンフレットから)―。市長になる前の会社勤め時代、上田東一市長はニュ−ヨ−クなどで10年間の米国暮らしの経験があるという。だとすれば、この図書館の存在は当然、知っていたであろうし、あるいは実際に足を運んだこともあったかもしれない。それにしては当花巻市の図書館構想はいかにも貧相ではないか。米国では図書館を称して「ピ−プルズ・パレス」(people's palace)と呼ぶと聞いた。「人々がより集う」という意味では、文字通り”人民宮殿”の名にふさわしい存在である。

 

 「医師(魂)なし病院」(10月2日付当ブログ「仏作って、魂入れず」参照)と「本(理念)なし図書館」―。そんな皮肉がもれ聞こえてくる今日この頃である。ニュ−ヨ−ク公共図書館を題材に『未来をつくる図書館』(岩波書店)を著した在米ジャ−ナリスト、菅谷明子さんの文章の一節を最後に上田市長に提言しておきたいと思う。「イ−ハト−ブ」(宮沢賢治の理想郷)のふるさとに即していえば、たとえば、翻訳本を含めた「賢治本」を一堂に集めることなども一考に値するのではないかと私などは考えるのだが…

 

 「図書館とは本を借りたり調べ物をしたりするための場所だと思ってきた私だが、図書館にはもっと重要な役割があることを、ニュ−ヨ−ク公共図書館に教わった。過去の人類の偉業を大切に受け継ぎ、新しいものを生み出すための素材を提供する。やる気とアイディアと好奇心溢れる市民を豊潤なコレクション(所蔵資料)に浸らせ、個人の能力を最大限に引き出すために惜しみない援助を与える。それが、やがて社会を活性化させると信じて…。市民の活動基盤を形成する施設のことをインフラと呼ぶならば、図書館こそ今の日本に最も必要なインフラではないだろうか。市民のための『知的インフラ』…」(同書から)

 

 「多様性」に背を向けるドナルド・トランプが米大統領に就任した2日後に、この映画は公開された。アメリカという国の懐(ふところ)の深さに驚かされる。

 

 

 

(写真はじわじわと観客を動員しつつある映画「ニュ−ヨ−ク公共図書館」のポスタ−=インタ−ネット上に公開の写真から)

 

 

 


2019.10.08:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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