東北のおんばたちと啄木:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
東北のおんばたちと啄木


 「東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる」(石川啄木)―。処女詩集『一握の砂』の冒頭に置かれたこの一首がおんばたちの口にかかると、こう化ける。「東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで/おらァ 泣(な)ぎざぐって/蟹(がに)ど 戯(ざ)れっこしたぁ」。何度か口ずさんでいるうちに、大津波にさらわれた三陸海岸の情景が目の前にす〜っと、浮かんでくるような、そんな気がした。壊滅的な被害を受けた大船渡市や陸前高田市などでは「ケセン語」と呼ばれる土地の言葉が日常的に話されてきた。その言葉を自在に操るおんば(おばあさん)たちによって、100首の啄木の歌が翻訳された。題して『東北おんば訳―石川啄木のうた』(新井高子編著)―。

 

 「石をもて追はるるごとく(石っこで ぼったぐられるみでァに)」―故郷を後にした啄木は「漂泊歌人」と呼ばれた。その一方で逆にそれゆえに「ふるさと」を再発見した「望郷歌人」でもあった。その心の一端をおんば訳で読んでみると―。

 

●「ふるさどの山(やま)さ向(む)がって/言(い)うごだァねァ/ふるさどの山(やま)ァ 貴(と−)でァなぁ」→「ふるさとの山に向ひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな」(原歌)

●「ふるさどの訛(なまり)ァ 懐(なづ)がすなぁ/停車場(て−さば)の 人(ひと)だがりン中(なが)さ/聴(き)ぎさいぐべぇ」→「ふるさとの訛なつかし/停車場の人ごみの中に/そを聴きにゆく」。そして、いたたまれなくなって、汽車に飛び乗ってしまうと―。

●「汽車(きしゃ)の窓(まど)がら/遠(とお)ぐの北(きだ)さ ふるさどの山(やま)っこ見(め)ぇでくっと/シャギッとなるなぁ」→「汽車の窓/はるかに北にふるさとの山見え来れば/襟を正すも」

 

 埼玉大准教授で詩人の新井高子さん(51)は2014年から約2年間、大船渡市で被災者支援プロジェクトに携わり、仮設団地の「お茶っ会」からこの企画は生まれた。新井さんはこう書いている。「未曾有の地震と大津波。それを経験したおんばたちが、短歌をのぞき込み、『東海(ひんがす)の小島(こずま)の磯(えそ)の砂(すか)っぱで…』と読みくだけば、蟹と戯れる人間に、ふしぎな重みが宿るのではないか。壊れた建物、ひしゃげた船、打ち上げられた無数の靴も、うしろに浮かんでくるような。蟹の目には、親しかった人の面影が潜んでいるような…」

 

 明治29(1896)年5月、「明治三陸大津波」が三陸一帯を襲い、約2万2千人の命が奪われた。その8割が岩手県だった。4年後の盛岡中学3年の時、啄木は級友たちとこの現場を訪れている。「嗚呼惨哉海嘯(かいしょう)」と刻まれた石碑の前で啄木らは号泣したと伝えられる。奇しくも啄木と並ぶ詩人で童話作家の宮沢賢治は明治三陸大津波のその年に生まれ、「昭和三陸大津波」(昭和8年)の年に没している。10年ほどのずれがあったが、二人の天才は自然災害や冷害などの凶作に翻弄(ほんろう)された時代を生きた。「おんば語」とはその時代の記憶を宿した言霊(ことだま)なのかもしれない。

 

 「ヒドリノトキハナミダヲナガシ/サムサノナツハオロオロアルキ」(原文)―。賢治の詩「雨ニモマケズ」の中の「ヒドリ」は「ヒデリ」の誤記であるという、いわゆる「ヒドリ・ヒデリ」論争については、11月21日付当ブログ「賢治、慟哭!?…神話づくり(中)」で言及した。ここ数年、「宮沢賢治・花巻市民の会」の語り部グル−プがこの詩の花巻弁訳を試みている。ひょっとすると、これまでとは違った風景が詩の向こう側に見えてくるかもしれない。啄木のおんば訳を音読してみて、ふとそんな思いがした。

 

 「ヒデリノトキハ…」と口ずさんでみる。カッと照りつける太陽が頭上で燃えている。そんなたたずまいが目に浮かんだ。一方の「ヒドリ」説には日雇い給金(出稼ぎ)や田に水を引く日程を決める時期だという解釈が地元研究者の間にはある。「ヒドリノトキハ…」と今度は原文通りに口にしてみた。出稼ぎの悲哀、水争いの怒声…。気のせいか、窮乏に苦しむ農村の風景が目の前に去来するような気がした。「東西南北」という対偶詩法を装いながら、賢治はそ知らぬふりをして「ヒドリ」という土地の言葉をそっと滑り込ませ、万人を驚かせようとしたのではないか。そういえば、ユ−モアやトンチは二人に共通しており、なかんずく「アッ」と言わせる逆転話法はこの天才たちの得意技でもあった。

 

 新井さんはこうも書く。「おんばの声は、東北弁の豊かさとともに、いっそう根源的な『言葉のふしぎ』もわたしたちに教えてくれている。この島国に横たわる、言葉の深い地層が、ぽっかりのぞけているような…」―。以下に「ばあさんのせなか」と題した詩を転載する。作者は花巻市在住の詩人、照井良平さん。第26回国民文化祭・京都2011の「現代詩フェスティバル」一般の部で、文部科学大臣賞を受賞した。3・11後、生まれ育った陸前高田市で出会った「おんば」をモデルにケセン語で書き上げた。賢治は三陸海岸を思わせる渚(なぎさ)を「イーハトーヴォ海岸」と呼んだ。おんばの背中から「修羅の渚」が立ち上がってくるような、そんな詩である。最後におんば訳をもう一首…。

 

●「大海(おみ)さ向(む)がって たった一人(しとり)で/七(しぢ)、八日(はぢんち)/泣(な)ぐべど思(おも)って 家(ええ)ば出(で)てきたぁ」→「大海にむかひて一人/七八日(ななやうか)/泣きなむとすと家を出(い)でにき」

 

 

ばあさん

こごさすわって

なにしてんのす

なんだっでかんだって

こんてぁなツナミ

こねぁば なんねぁのす

おら なんにも

わりごど してねぁのにさぁ

いえのほがに

むすめとまごまで

さらっていがれでしまっただぁ

まあだ 見っかっていねぁのっす

いまごろ こんなさむどこ

どごで なんじょにしているがどおもど

むぜぁくてむぜぁくて

いでもたってもいらくなぐなっでさぁ

ほんで はまさきて

こうしてんのす

ほんなんで

がぁんすが

ひとりでいるど

いろんなごどおもってなぁす

せんだって

むすめがら としよりのメガネ

まごがら ツメぎりっこ

プレゼントってやつ もらってさぁ

おもしょがったなあす

それもツナミに

もっていがれでしまっただあ

ほんだがらえんす

がっかりしてしまってなぁす

それおもど はやぐはやぐ

むすめどまごんどごさ いぎであども

おりゃ いなぐなるどだれも

むすめどまごが見つがったどぎ

おがんであげるひとがいなぐなるがらさぁ

ほんでぁ むすめとまごが

むぜぁがらし

わがりぁんすか

このむねのながっこ

ほんだがら むすめどまごだじがら見える

こごんどこの たがいどこさきて

手をあわせ はやぐけぁってこう

おりゃいぎでるあいだにけぁってこうって

まいにち よんでんのす

いぎるって このとしになっても

ままになんねぁもんで

がぁんすなあ

はやぐ

あっだがぐなれば

よがぁんすなぁ

ばあさん

 

(写真はふるさとを思い続けた石川啄木=インタ−ネット上に公開の写真から)

 

 

http://blog.goo.ne.jp/suzukishuhoku/e/aef0b3f55406a749d5883aed18946d0f

 

 

 

 


この記事へのコメントはこちら
題名


本文


作成者


URL


画像

編集用パスワード (半角英数字4文字)


 ※管理者の承認後に反映されます。
ゲストさんようこそ
ID
PW

 合計 40人
記事数
 公開 2,852件
 限定公開 6件
 合計 2,858件
アクセス数
 今日 592件
 昨日 1,527件
 合計 7,523,435件
powered by samidare
system:samidare community