緊急提言―「花巻城址」残酷物語…(私論)旧東公園に新花巻図書館を!?:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
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緊急提言―「花巻城址」残酷物語…(私論)旧東公園に新花巻図書館を!?
2020.12.28:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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「兵どもが夢の跡…」と化した花巻城址(旧新興製作所跡地)の見るも無残な惨状について、7回にわたって経過を振り返ってきた。今年最後となる当ブログではあえて、その地に新花巻図書館を立地すべきだとする“私論”を披露させていただく。今年1月下旬、上田東一市政は「住宅付き」図書館の駅前立地という、まさに青天の霹靂(へきれき)を地で行くような提言を公表した。市民の大方の反対にあい、市当局は当初案の撤回に追い込まれ、私たち市民有志も「新花巻図書館―まるごと市民会議」を結成。「図書館と私」をテ−マにしたオンライン講演を企画するなど図書館のあり方を模索してきた。
「まるごと市民会議」では今後の議論を深めるため、図書館専門誌『季刊 ライブラリ−・リソ−ス・ガイド』(LRG)の定期購読を決めた。最新の第33号は「みんなにとっての図書館」(前編)と題するまるごと特集。編集発行人の岡本真さんは巻頭言にこう書いている。「これはまず私が人生において考えもしないような切り口です。このような特集テ−マが本誌において掲げられることは、雑誌が本来もつべき多様性(ダイパシティ−)の現れでしょう」―。実は私自身、市当局の新図書館構想に違和感を抱くきっかけを作ってくれたのは岡本さんの意表を突く発言だった。コロナ禍が猛威を振るい始めていた7月10日、岡本さんは日経BPのメ−ルマガジン「新公民連携最前戦」の中でこう語っていた。
「1つめは『賑わい・交流を生む図書館』、『場としての図書館』という考え方に基づく図書館振興の課題です。端的に言えば図書館の集客機能がまちづくりの文脈で評価・尊重されてきましたが、新型コロナの感染拡大を防ぐには、図書館においても、むやみに人を集められない、かつ長時間の滞在が好ましくない、さらに交流自体を大規模には行えないということになります。この10年ほど、大きな影響力をもってきた図書館による『賑わい』創出という考え方は、曲がり角に来たと感じています。…今後も発生が予測される新たな感染症の脅威を見込むと、公共施設の計画・整備・運営は一度ゼロベ−スから組み上げ直していく必要があるでしょう」―
「目の前に示された市側の図書館構想はコロナ禍の時代とは相容れない代物ではないのか」―。まったく想定していなかった思考回路の盲点を突かれた思いがした。そんな折、まちの中心部に残骸をさらす旧新興跡地の来し方に思いが重なった。「その地の歴史性とか風土性こそがダイバシティ−を構成する重要な要素ではないのか」と…
由緒ある花巻城の盛衰についてはシリ−ズ「『花巻城址』残酷物語」で触れたので、ここでは繰り返さない。また、わずか100万円で当該地を公共用地として所有するチャンスがあったにも関わらず、そうしなかった上田市政の当初の政策判断を今さらながら言挙(ことあ)げするつもりも毛頭ない。かといって、悪質な不動産業者の手に落ちたことを「運が悪かった」と他人事みたいに言い募る向きに与(くみ)するものでも決してない。私が問題にしたいのは政治の「結果責任」ということについてである。かつて、「東公園」の名前で親しまれた花巻城址(旧新興跡地)の地下部分にカネミ油症の原因物質であるPCB(ポリ塩化ビフェニル)が不法に放置されていることが明るみに出た(12月8日付当ブログ「猛毒『PCB』が所在不明に!?」参照)
「当該PCBは容器に密閉された状態になっており、カネミとは状況が違う。市民に直接被害が及ぶことは考えにくい。当該地を改めて取得し、利活用するためにはざっと14億円以上の経費が見込まれる。“安物買い”(100万円)に手を出さなかった当初の判断はいまも間違っていないと考えている」―。この件について、上田市長は花巻市議会12月定例会で、こう答弁した。「お前が市長なら、どうする?」という声が聞こえてくる。答えはいとも簡単である。
「当該地をただちに市の所有に移し、早急にPCBの危険を除去する。将来の跡地の利活用については広く、市民の意見を募る」―。考えて見れば、余りにも当たり前のことではある。市民の安心・安全の確保こそが首長に課せられた最大の使命だからである。ちなみに以前、当該地が競売に付された際の買入可能価格は9千万余り。また市の試算によると、PCBの除去に要する費用は1千2百万円弱である。選択の余地は他にはあり得ない。皮算用(コストパフォ−マンス=費用対効果)がお好きな上田市長の試算14億円に比べてもわずか14分の1に過ぎない。「イーハトーブ花巻応援寄付金」(ふるさと納税)が昨年同期比の3倍の18億円に達し、今年度は総額30億円の大台にのぼる見通しらしい。どうして、この人はそのほんの一部でもふるさと「イーハトーブ」のシンボルでもある花巻城址の復元に回そうとしないのか。ナゾが深まるばかりである。わけが分からん。
「新花巻図書館整備基本構想」(平成29年8月)は高らかにこううたっている。「本市は、宮沢賢治や萬鉄五郎をはじめとした多くの先人を輩出しています。江戸時代の先人を顕彰した『鶴陰碑』に記された人々は自らの研鑽に精進し、学術文化はもとより、地域や産業の振興と発展、そして後継者の育成に努力を重ねてきました。花巻には歴史的に学びの風土があり、この精神は私たちの次の世代に受け継いでいかなければなりません」―。そう、その通り。まったく、異論はない。
鶴陰碑には花巻のまちづくりに尽くした人士170人の足跡が記され、その中には花巻城の改修事業の指揮をとった上田市長の先祖の名前も録(ろく)されている。そして、賢治はその碑が建っていた旧東公園に寝ころびながら、こう詠んだ。「城址(しろあと)の/あれ草に臥(ね)てこゝろむなし/のこぎりの音まじり来(く)」―。あれから百年以上たった今、その背の下に猛毒が秘匿(ひとく)されているという悪夢…。こんな足元の歴史をさまよっているうちに、私は旧東公園こそが新花巻図書館の立地場所に最もふさわしいという結論に立ち至ったのだった。その思いはもはや、確信に近い気持ちにまで高まっている。かつて、新幹線の新花巻駅誘致の際、子どもたちは貯金箱ごとの寄付を寄せ、”市民力”が集めた募金は約12億円にも上った。「賢治」をまるごと収めた”イーハトーブ”図書館とでもなれば、世界中から善意が殺到すること請け合いであろう。
それにしても、不思議な思考徘徊ではある。これも元をただせば、岡本さんの「コロナ」発言がきっかけだったような気がする。コロナの1年がもうすぐ、終わろうとしている。「私(たち)はなぜ、これほどまでにコロナに翻弄(ほんろう)されたのであろうか。いや、翻弄されなければならなかったのであろうか」―。こんな自問自答はおそらく、新しい年でも繰り返されるのであろう。
月並みながら、みなさん、よいお年を―
(写真は新図書館の立地場所はここしかない、と私が確信する旧東公園のいま。建物は撤去され、コンクリ−トがむき出しのままになっている=花巻市御田屋町で)