「南」と「北」との競作…エンタメ魂、炸裂:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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「南」と「北」との競作…エンタメ魂、炸裂


 

 『宝島』(真藤順丈著)と『熱源』(川越宗一著)と―。沖縄を舞台にした前者は第60回(2018年下期)、アイヌ民族とポ−ランド人の文化人類学者を主人公にすえた後者は第62回(2019年下期)の直木賞受賞作である。作者はともに本土在住の41歳(受賞時)。沖縄での突然の「旅の終わり」(1月27日当ブログ参照)に伴って急きょ、帰郷した1月15日のその日に川越さんの受賞を知った。南の島の余韻が残る中で一気に読み終えた。不思議な感覚が体を貫いた。私は沖縄報告の最終回に「南と北」の視点の大切さを書き記した。そのことが図らずもこのエンタメ小説によって、日の目を見たと思ったからである。

 

 「返還によって日本(ヤマトゥ)のはしっこに加えてもらうんじゃない。国家の首都の座を獲得するのさ。戦争をしないことにした日本の平和がアメリカの傘下(さんか)に入ることで成立しているなら、その重要基地のほぼすべてを引き受ける地方が国政をつかさどるべきだとは思わないか。地図の片隅にある島だなんて先入観にとらわれるな、それは本土(ヤマトゥ)の人間が描いた地図なんだから」(2019年1月11日付当ブログ参照)。私は『宝島』の主人公のひとり、レイの激したような言葉をブログの一節に引用した。『熱源』を読みながら、レイと同じようなほとばしる熱気を感じた。

 

 426ページに及ぶ大作の『熱源』は樺太(サハリン)で生まれ、明治維新後に北海道に強制移住させられた樺太アイヌ「ヤヨマネクフ」とロシア皇帝暗殺未遂事件に巻き込まれ、樺太に流刑されたリトアニア生まれの「ブロニスワフ・ピウスツキ」(1866―1918年)の波乱万丈の交流を描いた作品である。日露戦争から第2次大戦までの長い時間軸の中で、日本とロシアという大国に翻弄(ほんろう)され続けた2人の人生ドラマはまさに“叙事詩”と呼ぶにふさわしい。ブロニスワフはのちにアイヌ女性と結婚し、ヤヨマネクフは「山辺安之助」(1867―1923年)と日本名に改名し、白瀬矗(しらせのぶ)が率いる南極探検隊に犬そり隊(樺太犬)の隊長として、参加している。ちなみにブロニスワフの弟、ヨゼフはロシアから独立した際のポ−ランド共和国の初代国家元首として知られる。文中でヤヨマネクフが独白し、会話を交わす場面が出てくる。

 

 「生きるための熱の源は、人だ。人によって生じ、遺され、継がれていく。それが熱だ。自分の生はまだ止まらない。熱が、まだ絶えていないのだから。灼けるような感覚が体に広がる。沸騰するような涙がこぼれる。熱い。確かにそう感じた」…「俺たちはどんな世界でも、適応して生きていく。俺たちはアイヌですから」、「アイヌ種族にその力があると」、「アイヌって言葉は、人って意味なんですよ」―。タイトルの由来が輪郭を形づくり、その上にレイの言葉がすう〜っと重なったように気がした。

 

 文芸評論家の斎藤美奈子さんは「抵抗するフィクションを探して」(『世界』2月号)と題する論考の中で、「政治に対抗しうるフィクションの可能性」として、沖縄文学、アイヌ文学、在日文学の三分野を挙げている。とくに、今回の直木賞作品のように当事者(沖縄、アイヌ)に寄り添うべく外から参入した作品について、「#e Too」ならぬ「#ith You」文学だと絶妙に命名、こう述べている。「高度に洗練された今般のフィクションは単純な勧善懲悪を忌避する傾向が強い。抵抗する文学はだから少ない。それでも国家権力に蹂躙(じゅうりん)された記憶が染み込んでいる沖縄や北海道を舞台にした小説には、辛うじて立ち上がって戦う人々が残っており、ときにしょぼくれた読者を勇気づけ、ときにふて寝する読者を叱咤(しった)する。…歴史修正主義の台頭と、世にいうフィクションの衰退の間に因果関係はないといいきれるだろうか」

 

 「それでもどっこい、アイヌは生きている。これこの通り、おまえの前でな」―。『熱源』のページを閉じた瞬間、北海道勤務時代にアイヌのエカシ(長老)がふとつぶやいた言葉が突然、目を覚ましたのではないかと思った。『宝島』の著者、真藤さんも受賞後にこう語っている。「沖縄の複雑な諸問題は、現在の日本が抱える最大級の難題といってもいい。批判を恐れて萎縮して、精神的に距離を置いてしまうことは、ヤマトンチュがこれまで歴史的に沖縄におこなってきた『当たらず障らず』の態度と変わらない」―。#ith You」文学こそが腰の引けた“純文学系”作品に歯向かい、不遜きわまりないヤマトンチュ(本土=中央)の思想の根腐れに風穴を開けるのではないか。そんな予感がしてきた。

 

 「どれほど悲惨な現実を描いていても、沖縄エンタメ小説はどこか明るい。ウチナンチュはへこたれない。辺野古の新基地建設反対運動がなぜあれほど粘り強く続くのか。その秘密が垣間見える気さえする」と斎藤さんは論考の中で書いている。私もあの現場の人肌を感じるような“小宇宙”のたたずまいが忘れられない。漫画「ゴ−ルデンカムイ」(野田サトル著=20巻)は日露戦争を生き延びた元陸軍軍人と彼を助けたアイヌの少女、アシリパが「アイヌの金塊」をめぐって、バトルを繰り広げる壮大な物語である。まさに、現代版「ユ−カラ」(英雄叙事詩)そのものである。つけ加えるなら、宇宙物理学者で宮沢賢治の研究家でもある故斎藤文一さん(新潟大学名誉教授)は美奈子さんの父親で、隣町の北上市の出身。南極探検隊に加わった経験もある。

 

 いま、私の頭の中は南と北を行ったり来たりで、グルグルと目が回りそうである。そして、はたと心づく。私がいま立っている場所はその大昔、ヤマト(大和)の侵略を受けた“蝦夷”(えぞ=エミシ)征伐の地だった、と……。そして、ふと政治の舞台を見回すと、相変わらず、こんな発言が堂々とまかり通っている。「2千年の長きにわたって一つの場所で、一つの言葉で、一つの民族、一つの天皇という王朝が続いている国はここしかない。よい国だ」(麻生太郎副総理兼財務相、2020年1月13日) 最後に記録作家・故上野英信さんの“遺言状”にさらなる加筆をする無礼を許していただきたい。

 

 

筑豊よ、沖縄よ、アイヌよ、そしてエミシの末裔たちよ

日本を根底から

変革する、エネルギ−の

ルツボであれ

火床であれ

 

 

 

(写真はエンタメ魂が炸裂する直木賞の受賞作。いまその勢いが止まらない)

 

 


2020.02.02:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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