賢ちゃんに捧ぐ―「坂田節」、炸裂:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
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「人徳」のかたまりのような賢ちゃんが少し首をかしげ、左耳に手を当てながら聴き入っている―。2月下旬、日本屈指のジャズ喫茶・「ベ−シ−」の穴倉ようなフロアに、活動停止したあの「嵐」ではなく、サックス奏者の坂田明さん(74)が率いる同名のユニット「嵐」の音響が炸裂した。東日本大震災で大槌町にあった岩手最古の老舗スポット「クイ−ン」は跡形もなく、海のもくずと消えた。そのオ−ナ−だった佐々木賢一さんは昨年夏、76歳で旅立った。その死をしのぶライブ…賢ちゃんの1週間前に妻を亡くした私も元気をもらいにノコノコと出かけた。
「賢ちゃんがくたばってしまった。人は誰でも死ぬ。意味なんてない。オレの演奏にも意味なんか求めてくれるな。ただ、見ててくれればいい」と例のだみ声が薄暗い空間にはね返った。本来なら、ベ−シ−店主の菅原正二さんと一緒にミュ−ジシャンを迎える側の賢ちゃんが「遺影」の中で微笑んでいる。スエ−デン出身のJohan・Berthling(ダブルベ−ス)とノルウエ−出身のPaal・Nilssen・love(ドラムス)の北欧コンビがお国柄を吹き飛ばすような「超絶」ぶりを発揮している。以前、賢ちゃんと隣り合わせで同じコンビの演奏を聴いたことがある。「坂田は特上の生薬なんだよ。そう元気の源」とその時、賢ちゃんがつぶやいた言葉がよみがえった。
私自身、「坂田節」から元気印を処方されてきた一人である。さかのぼれば、数十年前にアイヌのミュ−ジシャンと坂田さんがジョイントを組んで以来だから、付き合いはもうだいぶ古くなる。今回の「捧ぐ」ライブの2週間ほど前、坂田さんは滋賀県のびわ湖畔で開かれた小室等ナイトコンサ−トの会場にいた。全盲ろう者で、東京大学先端科学技術研究センタ−教授(バリアフリ−教育学)の福島智さん(56)が作詞作曲した「心の宇宙」のライブ会場。テ−マは「光と音のない世界から音楽が生まれる」―。指点字通訳者が福島さんの指を点字タイプライタ−のキ−に見立て、坂田さんらミュ−ジシャンの旋律を同時進行で伝えていく。
坂田さんはミジンコの研究者としても知られる。「こいつの命は透けて見えるんだよな」というのが口癖である(1月29日付当ブログ「余命、一年半」参照)。光と音のない世界に音楽を届けるという画期的なコンサ−トの光景を目に浮かべなら、私は心の中に透明感が広がるような気がした。「強烈でなお清冽(せいれつ)なあのサックスの響きがきっと、福島さんのこころに染み入ったにちがいない」と―。1週間後の「3・11」に79歳の誕生日を迎える私は「嵐」特約のこの“生薬”を服用しながら、もう少し生きてみたいと思う。くじけそうになる時は坂田さんの十八番(おはこ)である「死んだ男の残したものは」(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲)を口ずさむことにしている。
死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった(一番)
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった(二番)
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった(三番)
死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった(四番)
死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない(五番)
死んだ歴史の残したものは
輝く今日とまた来るあした
他には何も残っていない
他には何も残っていない(六番)
(写真はいまは亡き賢ちゃんも堪能したであろう坂田「嵐」ライブ=2019年2月22日、一関市内のベ−シ―で)