今度こそ、“図書館王道論”の論議を…ストップ・ザ〜”東大話法”!!??:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
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今度こそ、“図書館王道論”の論議を…ストップ・ザ〜”東大話法”!!??
2023.04.05:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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「図書館建設 若者の声聞いて」(3月31日付「日報論壇」)への反論として投稿した原稿が4月5日付の同欄に「新図書館 分断なき議論を」というタイトルで掲載された。素早い対応に感謝したい。これを機会に混迷の度を深める図書館論議が原点に戻ることを期待したい。“東大話法”を操って、市民や議会を混乱させてきた上田東一市長にはこの際、猛省を促したい。『もう「東大話法」にはだまされない』(安富歩著、東京大学東洋文化研究所教授)の帯にはこうある。「わざとややこしく話して問題をウヤムヤにし、ケムにまいて責任逃れをする、徹底的な不誠実にごまかされないために」―。以下に投稿文の全文を転載する。
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「図書館建設 若者の声聞いて」(3月31日付)に反論したい。懸案の市政課題である新花巻図書館の立地場所に関して、市民の意見は市側が第1候補に挙げる「JR花巻駅前」と「総合花巻病院跡地」に二分された感があるが、投稿者は前者に賛成する立場で論を展開。その際、病院跡地への立地を求める市議会における一般質問の一部を切り取り、「大人の価値観を押し付けてしまって良いわけがない」と断じた。選挙で選ばれた議員の質問権に露骨に干渉するというやり方は当局側の意を体した「言論封じ」としか言いようがない。
そもそも、立地論争がこれほどこじれた背景には根強い行政不信がある。市側は3年前、JR花巻駅前に住宅付き図書館を建設するという構想を突然、市民や議会の頭越しに公表した。その後「住宅付き」部分は白紙撤回したが、駅前立地の旗は現在も降ろしていない。そんな折、旧総合花巻病院が解体され、霊峰早池峰山を望む広大な空間がこつ然と姿を現した。「花巻城址に隣接し、生涯学習の場であるまなび学園と背中合わせのこの地こそが最適地」―こんな声が日増しに大きくなった。
市側は昨年10月に17回にわたって、市民説明会を実施した。その結果、病院跡地への立地を希望した市民が32人だったのに対し、JR花巻駅前への希望は18人だった。高校生など若者世代の“駅前待望論”が目立ち始めたのはその直後からである。11月から12月にかけて市内6校を対象にグル−プワ−クが実施され、総勢130人が参加。駅前立地が93人だったのに対し、病院跡地が25人と市民説明会と数値が逆転した。何となく、うさんくささを感じた。
「高齢者のためだけの図書館で良いのか。それなら今の図書館で十分。若い人は圧倒的に駅前を希望している」(2022年12月議会)―。同じ議会の場で上田東一市長は世代を分断するような発言をしている。今回の日報論壇はこの市長発言と軌を一にする内容である。花巻市まちづくり基本条例はこう定めている。「私たちは、まちづくりに関する基本的事項を共有し、市民が自ら考え、決定し、行動する市民参画と協働のまちづくりを進めることによって真に豊かな地域社会を実現するため、ここにこの条例を定めます」
(写真は“目くらまし"のような答弁を繰り返し、議員を翻弄する上田市長=花巻市議会議場の答弁席で)
《追記》〜「図書館」論壇が花盛り。掲載基準は一体、どうなっているのか
「図書館建設 若者の声聞いて」(3月31日)、「新図書館 分断なき議論を」(4月5日)、「図書館整備へ 冷静な対話を」(同6日)。わずか1週間の間に新花巻図書館に関する「日報論壇」が3本掲載された。同一テ−マでの集中掲載は寡聞にして知らない。その一方で私が昨年10月10付で投稿した同趣旨の論壇原稿(3月31日付当ブログ参照)はボツ状態で今に至っている。これでは読まされる読者の方が混乱するばかりである。
社内に論壇の掲載基準はあるのかどうか。あるのなら、その掲載の可否はどのような基準に基づいて行われるのか。単なる“気まぐれ”なのか、それとも“御用新聞”が陥りがちな当局側に対する“忖度”なのか。記者経験がある私から見れば、現場の取材力の低下が実は大きな要因のような気がする(4月4日付当ブログ参照)。現にこの大プロジェクトについて、きちんと論点整理をした本紙記事にはお目にかかったことがない。根っこが腐れば、どんな大木だっていずれ倒れる。