花粉症とBC級戦犯、そして“同志”ということ:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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花粉症とBC級戦犯、そして“同志”ということ


 

 

 『花粉症と人類』(岩波新書)というタイトルの本が送られてきた。私自身、“花粉病(や)み”のせいもあり、「ネアンデルタ−ル人も花粉症?」というキャッチコピ−にひかれたが、同封されていたあいさつ文を見て、思わず、居ずまいを正した。こう書き出されていた。「日本の戦争責任を肩代わりさせられた韓国・朝鮮人元BC級戦犯者とその家族を応援し、裁判や補償立法に係わってこられた敬愛する皆さま」―。「あの時の海平君じゃないか」…私は年甲斐もなく胸が熱くなるのを感じた。いまどきならきっと、鼻先でせせら笑われるであろう“同志”という言葉が全身をかけめぐったからである。

 

 もう30年以上も前になる。いまは東京農大教授である著者の小塩海平さん(55)は集会のたびにその真っすぐな眼差しを壇上から背けることはなかった。寡黙で端正な顔立ちがいまも、記憶の底に刻まれている。当時、同大大学院で花粉の研究に没頭しているということは知っていたが、彼の口をついて出る言葉はいつも「不条理」だった。先の大戦で日本の植民地下にあった朝鮮半島から旧日本軍の軍属として多くの人たちが徴用された。戦後のBC級裁判で捕虜虐待などの疑いで裁かれ、23人が処刑された。さらに、サンフランシスコ平和条約で朝鮮半島の出身者は日本国籍をはく奪されたうえ、もはや「日本人」ではないという理由で、戦後補償の対象からも排除された。

 

 「戦争責任を肩代わりさせられたうえ、戦犯の烙印を押すという不条理が許されるのか」―。こんな呼びかけに若者たちが呼応し、「韓国・朝鮮人元BC級戦犯を支える会」が結成された。当時、新聞記者だった私はその会で小塩さんに出会ったのだった。現在、95歳になる李鶴来(イ・ハンネ)さんは日本に残る最後の元戦犯。映画「戦場にかける橋」で知られる泰緬鉄道(たいめんてつどう、タイ〜ミャンマ−間)の工事現場で、李さんは“日本軍軍属”として、連合国軍の捕虜監視に当たった。そして、日本の敗戦によって開かれたBC級裁判で「デス・バイ・ハンギング」(絞首刑)の極刑が言い渡されたが、その後、減刑された。

 

 「日本が国として、謝罪しないのなら、私自身が出向いて捕虜たちに直接、頭を下げたい。捕虜を虐待したという点では、私たちBC級戦犯にも加害の責任ある」―。本来なら、植民地支配の“被害者”であるはずの李さん自らが“加害者”として、かつての敵国に赴(おもむ)くとい”視座”の逆転―。まぎれもなく「加害」の立場に身を置く日本人の私は揺れ動く気持ちに翻弄(ほんろう)されながら、オ−ストラリアへの“謝罪の旅”に同行取材した。ちょうど30年前の1991年のことである。多くの捕虜たちが命を落とした最大の難所「ヒントク」を忘れてはならないという思いで、李さんは「ノ−モア・ヒントク、ノ−モア・ウォ−」と刻んだ時計を当時の捕虜の代表に贈った。「心の区切りを付けるのに半世紀近くもかかってしまった」。李さんのその時のひと言が忘れられない。

 

 「私が元BC級戦犯者の方々から学んだ最も大きな教訓は、『最後まで希望を持ち続け、仲間とともに進むこと』でした」―あいさつ文を読み進むうちに目が点になった。「本書を読んでいただいても花粉症は治りませんが、少なくとも大山さんがいかにすぐれた編集者であるかは、おわかりいただけることと思います」…本書の編集を担当した岩波書店の大山美佐子さんも「支える会」の屋台骨を支える若者のひとりだった。あの戦争、いや10年前の「3・11」(東日本大震災)の記憶さえもが雲散霧消しつつあるいま、「不条理」を心に持(じ)し続けてきた若者たちがいた。老体の李さんはいまも救済の立法化を訴えて奔走する。その車いすを押すのがいまや中年に差しかかった小塩さんや大山さんたちである。これを“同志”と呼ばずして、なんと呼ぼうか。そう言えば、小塩さんが面白いことを書いていた。

 

 「花粉の側にも言い分がある。彼らは、人類が地上に足跡をとどめるようになるはるか以前、太古の昔から、この世に存在していた先住民なのである。…かつて憎きスギ花粉を全滅させることを志し、復讐心に燃えて研究に取り組み始めた私自身が、やがて花粉の魅力に取りつかれ、花粉によって映し出される人類史・文明史を描こうと思うに至った個人的な物語とも重なっている。つまり、本書を通じて、これまで不当に憎まれ、忌避されてきた花粉の弁明に努めたいというのが、私の密かな願いなのである」―

 

 この伝(でん)にならって「花粉」を「コロナ」に置き換え、その言い分に耳を傾けても何ら異存はあるまい。そもそも「コロナ」とはギリシャ語で「王冠」を意味し、大気光学的には「花粉」も「コロナ」の別称だということを本書で教えられた。私が新型コロナウイルスに対し、「コロナ神」の尊称を捧げたいと願うゆえんである。つまりは小塩さんや大山さん、それに私も加えていただければ、私たちに共通する視座はたえず、こっちではなく“向こう側”に向けられているということであろうか。李さんが言わず語らずに指し示してくれた「視点の置換」……

 

 「過去を帯びない現在はない」―。小塩さん、大山さん、そしてかつての“同志”のみなさん、世紀末風のたたずまいの中で、「あったこと」を「なかったこと」にしてはならないという最低限の「人倫」を矜持(きょうじ)することの大切さをあらためて、考えさせられました。ありがとうございました。

 

 

 

 

(小塩さんの『花粉症と人類』は「花粉」を通じた一大文明論でもある)

 

 


2021.03.07:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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