赤芝 羽黒神社:山形の歴史・伝統

山形の歴史・伝統
赤芝 羽黒神社


 館山浄水場から赤芝部落を見下ろし

 左側 山懐に鎮座する羽黒神社。

 羽黒堂へは中世、館山城から大樽川の向こう西側

 を道が通っていたと謂われ、直江が原方赤芝へ

 移築したと伝わる。

 寄進者の名をみると館山衆がおおい。

 兼続の下級家臣が西原衆とよばれた城西、館山方面に張り付いた

 事からしてうなずけるものがあります。

  兼続は、下級家臣を開墾に従事させましたが

 それを監督する田家がおかれたのが西部小学校
 
 正門前の田屋町通りの謂われです。

 直江町の町名もそうした絡みかもしれません。



          吾妻荘公式ホームページ 







  
2008.08.08:Copyright (C) 小野川温泉 吾妻荘
この記事へのコメントはこちら
題名


本文


作成者


URL


画像

編集用パスワード (半角英数字4文字)


 ※管理者の承認後に反映されます。
ゲストさんようこそ
ID
PW

 合計 18人
記事数
 公開 1,461件
 限定公開 0件
 合計 1,461件
アクセス数
 今日 1,373件
 昨日 1,133件
 合計 1,842,700件
powered by samidare
system:samidare community