▼衆議院議員選挙に思う(やはりマスメディアは悪)2014/12/16 10:19 (C) 医療法人社団聰明会 みゆき整形外科クリニック
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成人した日本人には投票する権利が与えられている。権利には必ず義務が生じる。投票して自分の意思表示をするのが義務である。権利ばかりを主張する日本人が多くなってきたのは、義務と権利をきちんと教育してこなかった、教育のプロを自認する日教組の罪であろう。
小選挙区制には一長一短ある。テレビのえせ解説者は、大量の「死票」が出るという。そもそも死票とはなんだ。投票は、国民一人一人の意思表示である。投票した候補者が当選しようが落選しようが、それは二の次の事である。たとえ自分の投票した候補者が落選したとしても、その候補者が獲得した票数が国民の意思表示なのである。けして死票ではない。こんな言葉を作り出して国民を扇動しようとしている、あるいは国民をだまそうとしているマスメディアはやはり悪である。国民が気を付けるべきは、国民の見方を装うマスメディアである。彼らはおれおれ詐欺師とその意味では同類である。死票になるなんて言われたら、ますます勝ち組に乗ろうとする輩が増えるし、反対に投票に行く気にならない人間も増やしてしまう。投票率を下げている最大の犯人はマスメディアである。
一票の格差もテレビでよく言われることである。自分たちの意見が国政に反映されにくくなるというのが、格差是正を叫ぶ人間の「錦の御旗」である。そんなことはまったくない。野党の得票数が政権与党への批判の声なのである。それが多くなれば、政権与党も国民の声にもっと耳を傾けなければならなくなるし、そうしなければ、小選挙区制である現在の選挙制度の中で次の選挙では、大敗する可能性が高くなる。
移動手段がそれほど発達せず、地域の住民の数がそれほど変動しなかった昔ならいざ知らず、ダイナミックに国民、人種が移動する今の世界で一票の格差と言われているものをなくすのは現実的ではない。その候補者が当選するかどうかは二の次なのである。日本全体で与党の政策に賛成する候補者に何票入り、反対する候補者に何票入ったかを日本の政策を決める最大の判断材料にすべきなのである。
今の日本はスポーツの暴走の時代である。スポーツであれば何でも許される。そして、勝った負けたで一喜一憂する。選挙も勝った負けたで見てしまっているのである。繰り返しになるが、与党の掲げる政策に対して反対する政党が何票得票したかを与党の政策の良し悪しの判断材料としなければならない。そうすれば、反対か賛成かの二者択一となり、有権者の判断が簡単になるし、一票の格差なんて問題ではなくなる。
論点が少しずれるが、テレビで政治の話でよく出るのが、「少数意見を大事にしろ。」という事である。これは頭の悪い人間にとって非常に使いやすい言葉なのである。では、どのように大事にしたらいいのかという事を質問しても、この発言をする人間はほとんど客観的には答えられない。ある問題に対して、時間を決めて議論、討論する。時間が来て結論が出なければ、賛成意見、反対意見を整理して多数決で決定する。これが、民主主義社会のルールである。家庭でも、職場でも、役所でも議会でもそうしないと、いつまでも何も決まらない。少数意見を大事にしろと言っている人間は、家庭で「やだ、やだー。」と駄々をこねている幼児と同じである。能力がないのである。
話を投票に戻すが、現在中国の人口は10億人である。そのうち共産党員として政治に参加できるのは8664万人である。9%弱の人間にしか投票権がないのである。それに比べて日本は20歳以上の日本人すべてに投票権が与えられている。その人数は人口の約80%以上になる。なんとすばらしいことであろうか。
結論として、日本においてどんな理由にしても投票しなかった人間は、政治にとやかく言う資格はないのである。とやかく言いたかったら投票する事、政治に参加する事である。