“辺境”のエンタメ魂―今度は南の『宝島』:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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“辺境”のエンタメ魂―今度は南の『宝島』


 生まれ故郷で不遇をかこっていると思っていたら(1月7日付当ブログ「『宮沢賢治』という演繹法」参照)、賢治さん、今度はなんと基地の街・沖縄のとある路地裏に出没していた―。第160回の直木賞候補となり、第9回山田風太郎賞を受賞した真藤順丈さん(41)の最新作『宝島』の文中での思わぬ遭遇である。米国施政権下の沖縄を生きた若者たちの青春を描いたこの小説には孤児たちがたくさん登場する。米国人の血が流れる子もいる。主人公のひとりであるヤマコが読み聞かせをするシ−ンがある。

 

 「最初に選んだのはマ−ク・トウェインの『ハックルベリ−・フィンの冒険』。それから宮沢賢治の『風の又三郎』、サン=テグジュペリの『星の王子さま』と読みついだ。はじめは聞くほうの集中力がつづかなかったけど、そこはさすがに古今東西の児童の心をつかんできたちいさな英雄たちの物語だ。孤児たちもいったん没入すれば、主人公に感情移入してきゃあきゃあと楽しんでくれた」―。そういえば、賢治は村の分教場に転校してきた又三郎について「赤毛の子ども」と表現し、村の子どもたちには「あいつは外国人だな」と言わせている。昭和14年、この童話が初めて築地小劇場で上演された際、又三郎役を演じたのはロシア人の血が混じる俳優の故大泉滉(あきら)さんだった。混血孤児への読み聞かせにこの童話をさりげなく並べる作者の知力に脱帽したが、読み進むうちにぶっ飛んでしまった。

 

 541ペ−ジに及ぶこの大著はサンフランシスコ平和条約と日米安保条約が発効した1952(昭和27)年から1972(昭和47)年の本土復帰までの20年間を「リュウキュウの青」「悪霊の踊るシマ」「センカアギャ−の帰還」の3部で構成されている。米軍施設から食料や衣類、薬などを強奪する「戦果アギャ−」たちの躍動ぶりは復帰の2年前、コザ市(現沖縄市)で米軍車両や施設を焼き討ちした“コザ暴動”でクライマックスに達する。エンタメの極致を堪能しつつ、最後のペ−ジをめくった私は「これは壮大なる叙事詩ではないか」という思いを強くした。

 

 「叙事詩は辺境に宿る」−というのが私の勝手な定理である。中央集権(ヤマト)の捨て石にされた辺境にこそ、いつかは芽吹く叙事詩のタネがまかれているのではないのか。昨年秋に読む機会に恵まれた『凍てつく太陽』(葉真中顕著)はアイヌ出身の特高(警察)を主人公にすえた「北の叙事詩」だった(2018年11月9日付当ブログ「現代版『新附の民』と歴史修正主義」参照)。『宝島』の中で主人公のレイが激して口走る場面がある。

 

 「返還によって日本(ヤマトゥ)のはしっこに加えてもらうんじゃない。国家の首都の座を獲得するのさ。1972年のその瞬間からは、沖縄(ウチナ−)が国の中心になって、この島の英雄が“最高行政主席”(プライム・ミニスタ−)になるのさ。そのぐらいの条件をつけなければ遺恨は晴れない。戦争をしないことにした日本の平和がアメリカの傘下(さんか)に入ることで成立しているなら、その重要基地のほぼすべてを引き受ける地方が国政をつかさどるべきだとは思わないか。地図の片隅にある島だなんて先入観にとらわれるな、それは本土(ヤマトゥ)の人間が描いた地図なんだから」―。ここには琉球王国の時代から「ヤマト世(ゆ)」、「アメリカ世」へと受難の歴史を歩んできた悲痛な叫びが凝縮されている。

 

 沖縄出身の作家としては例えば、石垣島で育った池上永一さん(48)の『テンペスト』や『ヒストリア』などが琉球・沖縄史を舞台としたエンタメ大長編として知られている。しかし、本作の作者は生粋のヤマトンチュ(日本人=本土人)である。この一大叙事詩がこの人の手になることにも驚かされる。真藤さんは新聞などのインタビュ−でこう語っている。「沖縄の複雑な諸問題は、現在の日本が抱える最大級の難題といってもいい。批判を恐れて萎縮して、精神的に距離を置いてしまうことは、ヤマトンチュがこれまで歴史的に沖縄におこなってきた『当たらず障らず』の態度と変わらない。現在の沖縄の問題と地続きですから、その時は筆が止まりました。逃げようと思ったこともあるが、それは沖縄を『腫(は)れ物』にすることであり、無関心をよそおうことと何ら変わらないと思った」

 

 私は昨年10月21日付の当ブログで「時代を隔て、いまに結ぶ…現代の『神謡』」と題して、こう書いた。「今年の沖縄全戦没者追悼式(沖縄慰霊の日=6月23日)で朗読された平和の詩『生きる』を口ずさんでいるうちに、ふとそんな思いにとらわれた。まるで通奏低音のように、それは遠い太古からのもうひとつの詩と共鳴し合っている。最近になってそのことに心づいた。96年前、詩才を惜しまれながら19歳で世を去ったアイヌ女性、知里(ちり)幸恵が死の前年に編訳した『アイヌ神謡集』の、それが序だったということに。『私は、生きている。マントルの熱を伝える大地を踏みしめ…』。そして、相良倫子さん(浦添市立港川中学3年)の『生きる』をその上に重ねてみる。すう〜っと、溶けあっていくような、そんな感じ」―。アイヌ民族に伝わる神謡(カムイユカラ)は神々がうたう叙事詩である。

 

 我流の「定理」もあながち、的外れではないと最近思うようになった。とまれ、北と南の一大「叙事詩」を一読するようお勧めしたい。

 

 

(写真は注目を集めている『宝島』と著者の真藤さん=インターネット上に公開の写真から)

 

 


2019.01.11:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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