祝:芥川・直木賞受賞@賢治の”背後霊“!?:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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祝:芥川・直木賞受賞@賢治の”背後霊“!?


 ポンと背中を叩かれ、振り向くと賢治がニッコリ微笑んでいた。「ちょっと、おめさん。オレのごど、忘れでねすか」…。宮沢賢治という人はひょっとして、“背後霊”ではないか―と思うことがある。16日に行われた第158回芥川・直木賞の選考会で、遠野出身で千葉県在住の若竹千佐子さん(63)のデビュ―作『おらおらでひとりいぐも』が芥川賞に、群馬県出身で大阪在住の作家、門井慶喜さん(46)の『銀河鉄道の父』が直木賞に選ばれた。前者には“賢治”が通奏低音のように出没し、後者はずばり父親、政次郎の目を通して見た「賢治像」を描いた作品である。というわけで、もうひとりの受賞者は”背後霊”としての賢治なのかも…。いずれ、昨年の第157回芥川賞を受賞した、盛岡在住の沼田真佑さんの『影裏(えいり)』に続く快挙である。

 

 「おらどの心にもあるプレ−トの東北弁はその最古層、言ってみれば手つかずの秘境に、原初の風景としてイメ−ジのように漂っているのでがす」(本文より)―。若竹本のタイトルは賢治の詩「永訣の朝」にちなんでいる。本書の主人公である「桃子さん」(74)はまもなく死に行く運命にある賢治の最愛の妹、トシの死をもう一度、生き直そうとでもするかのように自由奔放である。その背中に異界(『遠野物語』)の曙光(しょこう)が差し込んでいる。「おらだば、おめだ。おめだば、おらだ」―。つまり、人間存在にはしょせん「自他の境界」はない。死者も生者もない。最古層の東北弁を分け入った先に開けた風景はまさに「イ−ハト−ブ」、そう、そこが賢治が思い描いた”ドリームランド”だったとしたら!?…。実際、文中には賢治童話の『虔十公園林』の一節も差し挟まれている。

 

 「賢治のパトスがあちこちに埋められている」として、花巻出身の若手文芸評論家、佐藤康智さん(39)はこう書いている。土地の言葉を知る者ならではの感性が伝わってくる。「脳内の声々の、テンポの良いやりとりや、リズミカルな擬音も、賢治っぽい。声々が好き好きに語りかけてくる状況は『セロ弾きのゴ−シュ』を髣髴(ほうふつ)とさせる。桃子さんの老いや脳内の混沌を、のほほんと見つめるような、語り手の気張らない感じも賢治の童話さながらだ」(『群像』2018年2月号)。さらに、敬愛する作家の佐伯一麦さんもこう記す。「おもしぇがったな。読み終わったとき、脳内で呟(つぶや)く声があった」(1月14日付「朝日新聞」―。「脳内」なんていう言葉を聞くと、私などはとたんに腰が引けてしまう。「これって、賢治教じゃないか」と―。そういえば、かつて“脳内革命”などというイヤな言葉が徘徊していたっけなあ。

 

 賢治作品の時代性について、思想家の吉本隆明(故人)はかつてこう指摘した。「時局の匂いがなかった。反戦的だったからではなく、好戦的な現実意識と矛盾しないという意味で…」。また、歴史家の色川大吉さんは「(賢治の作品は)反戦思想にならないけれども、非戦思想の拠り所ではあったと思う」と書いている。賢治より13歳年上で、まさに「時局」とがっぷり相まみえた詩人にして彫刻家に高村光太郎(故人)がいる。太平洋・アジア戦争の火ぶたが切られた真珠湾攻撃の「開戦日」に光太郎はある詩をしたためた。圧倒されるほどの戦意高揚ぶりである。

 

 「記憶せよ、12月8日/この日世界の歴史改まる/アングロサクソンの主権/この日東亜の陸と海とに否定さる/否定するものは彼らのジャパン/眇(びょう)たる東海の国にして/また神の国たる日本なり…」―。この日から約3年半後の1945(昭和20)年5月、光太郎は宮沢家を頼って、花巻に疎開した。戦争協力を「自省」する独居自炊の生活は約7年間に及んだ。これだけの時間が必要だったのである。ところで、一方の賢治はどうだったのか。その「短命」が辛うじて、「時局」との正面衝突を回避したのではないか―という見方については、13日付当ブログ「神出鬼没の賢治と『岩手発』文学の躍動」で言及した。つまり、賢治作品が時局にまみれることのない、ある種の「無垢(むく)性」を維持できたのも、結局は運命のなせる業(わざ)…“滑りこみセ−フ”ではなかったのか。

 

 花巻郊外に賢治の「雨ニモマケズ」詩碑が建っている。揮ごうの主は光太郎である。一敗地にまみれた光太郎が「賢治」の庇護者のように振る舞う、そんな光景が目に浮かんでくる。『教科書でおぼえた名詩』(文春文庫)にはこの二人が劈(へき)頭を飾るように並んでいる。賢治の庇護者たる光太郎は「道程」ら5編、被庇護者たる賢治は「雨ニモマケズ」ら4編…。おのれの文学の普遍性にとうに気が付いていたのは賢治自身かもしれない。だから時々、”背後霊“となって現われ、そっとささやく。「オレのごど、忘れねでけれや」。そうこうしているうちに「聖なる文学」としての地歩を築いたのではないのか。「汚れていないのはオレだけだ」と―。

 

 「唐突ですが、わたしはもう、未来の子どもたちのために何をなすべきか、それだけを、ただ賢治さんのように考えればいいのだと感じています。子どもの心が映るように、鏡を磨きたい、などと時代錯誤に思わずにいられません」(1月13日付「朝日新聞」)―。民俗学者の赤坂憲雄さんは音楽家でエッセイストの寺尾紗穂さんとの往復書簡の中で、こう述べている。こういう形での賢治の「受容」が定着しつつあるということかもしれない。これが「賢治教」(聖者伝説)に止揚(アウフヘ−ベン)しないことだけを願いたい。と思っていた矢先の門井本の受賞である。

 

 門井さんの受賞作について、聖者伝説の観点から警鐘を鳴らしたある感想文を見つけた。「読了まで時間がかかった。何回も遡(さかのぼ)る時系列と宮沢賢治や妹トシが主体かのような書きっぷりだったからか。個人的にはトシにもっと焦点を当てて欲しかった。タイトルにしては古き因習(商売人や女性には学問不要)に縛られながらも中途半端に子供に甘い父親だったな。2018年上期直木賞候補になること自体が信じられない出来だと思った」(インタ−ネット上から)―。

 

 『銀河鉄道の父』には「天才の父は大変だ!」というキャッチコピ−が張られている。門井さんは受賞作について、「誰もが知る賢治を扱うのは『固定観念との闘い』だった。世間の“聖人伝説”に『通俗的な人間だ』と異議申し立てをした」(1月17日付「岩手日報」)と語っている。「神童」は生まれながらにして神童である。これに対し、「天才」はその通俗性が強調されればされるほど、逆に「聖人性」を際立たせるという逆説もあわせ持つ。「やっぱり賢治さんって、てい(たい)したもんだなはん」―などと。私が「(門井本が)賢治に一杯食わされた」と思う所以(ゆえん)である。そういう意味で、今回の受賞は賢治の意に反した、いやもしかすると、予期した通りの”勝利宣言”だったと言えるかもしれない。

 

(写真は光太郎が揮ごうした「雨ニモマケズ」詩碑=花巻市桜町4丁目で)

 

 


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