『君たちはどう生きるか』、そして『狭き門』…:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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『君たちはどう生きるか』、そして『狭き門』…


 今年は「盧溝橋」事件(1937=昭和12年7月)から、ちょうど80年―。児童文学者であり、雑誌『世界』の初代編集長を務めた吉野源三郎(1899−1981年)が『君たちはどう生きるか』を脱稿したのは、事件が勃発するわずか2カ月前のことである。日中戦争の泥沼に足を踏み入れようとしていたその時、その時世に遅れまいとでもいうように「日本少国民文庫」の最後の配本として、世に問われた。今年になって、漫画家、羽賀翔一さんの手で、『漫画 君たちはどう生きるか』のタイトルで出版された。活字版と漫画版を合わせて、100万部をこえるヒット。それにしてもなぜ今、「80年前の生き方」なのか―。

 

 旧制中学2年(15歳)の主人公の「コペル君」は学業優秀でスポ−ツも万能。ちょっと茶目っ気が過ぎるために級長にこそなれないが、人望はある。友人たちとの交流の中でさまざまな出来事を経験し、「ものの見方」や社会の構造といったテ−マを身に着けていくという流れになっている。著者の吉野自身、1931(昭和6)年に治安維持法違反容疑で逮捕され、この時の体験が執筆のきっかけになった。おじさんとの文通や対話を通じた”成長物語“で、たとえば「おじさんのノ−ト」にこんな一節がある。これがコペル君の名前の由来でもある。

 

 「コペルニクスのように、自分たちの地球が広い宇宙の中の天体の一つとして、その中を動いていると考えるか、それとも、自分たちの地球が宇宙の中心にどっかりと坐りこんでいると考えるか、この二つの考え方というものは、実は、天文学ばかりの事ではない。世の中とか、人生とかを考えるときにも、やっぱり、ついてまわることになるのだ。…しかし、自分たちの地球が宇宙の中心だという考えにかじりついていた間、人類には宇宙の本当のことがわからなかったと同様、自分ばかりを中心にして、物事を判断してゆくと、世の中の本当のことも、ついに知ることが出来ないでしまう。…しかし、宇宙の大きな審理を知るためには、その考えを捨てなければならない。それと同じようことが、世のことについてもあるのだ」

 

 「1937」という歴史の分水嶺―。作家の辺見庸さんは中国戦線に赴いた父親の記憶をなぞるような手法で『1★9★3★7』を世に問うた。12月16日、NHKEテレ「こころの時間(再放映)〜『父を問う』 今と未来を生きる思索」の中で、この年代を「征(い)くみな」と読ませながら、こう語っている。「無限同心円の思考。あの時代から何も変わっていないのではないか。分列行進の時に奏でられた『抜刀隊』は80年たった今も自衛隊の観閲式で流れている。何か剣呑(けんのん)な予感というか…。だからこそ、リアルの現場から、低い視線で世界をとらえ直さなければならない」―。

 

 特定秘密保護法や集団的自衛権の行使を容認した安全保障法制、武器輸出を可能とする防衛装備移転3原則、改正組織的犯罪処罰法(共謀罪法)、そして憲法改正へ…。さらに、北朝鮮や中国脅威論が勢いを増す中で、「いつか来た道」を予感する世代が『君たちは…』を手に取っているのか、あるいは「戦争を知らない」世代が本能的にあるきな臭さを感じ取っているということなのか…。

 

  吉野本と辺見本に刺激されたせいか、私はもうひとつの”青春“を思い出し、頬を赤らめてしまった。手元に茶色に変色した一冊の文庫本がある。フランスの作家、アンドレ・ジイドの『狭き門』(淀野隆三訳)である。この作品などで、1947年にノ−ベル文学賞を受賞している。裏表紙に「1958年1月28日、誠山房書店にて」とあり、どういうわけか「千円で買い求める」と書いてある。当時の定価は70円。辺見さんと同じように私の父親も中国へ召集され、シベリアの捕虜収容所で死亡した。男の兄弟3人を育てる母子家庭にとっては大金だったに違いない。しかし、いろんな本を所望するのを見かねて工面してくれたのだろう。高校3年のそのころ、私は2級下の女子生徒に恋をしていた。評判の美しい人だった。手あかにまみれた本文中に何か所も傍線が引いてある。たとえば―。

 

 「僕にはしばしば、僕の恋だけが僕の持っている一番立派なものであり、僕のあらゆる徳はひとえにそこに懸(かか)っており、恋こそ僕を僕以上に引き上げるもの、もし恋を失ったら、きわめて平凡な資質の到達する世間並みの高さにまで再び転落するだろうと、そんなふうに思えるのだ。君と一緒になれるという希望があればこそ、あの登りにくい小径も常に坦々たる路に見えるのだ」―。この文章をほどんどそのままコピペしてラブレ−を送った。学校の靴置き場の彼女の靴の中にそっと忍ばせて…。返事は来なかった。予感した通りだった。

 

 『狭き門』の表表紙には「力つくして、狭き門より入れ」(ルカ伝第13章第24節)という聖書の一節が置かれている。「衆に迎合するなかれ」という教えである。それにしても、あの時の”高根の花“のように、よくぞこの年まで「狭き門」をこじ開けようと突っ張ってきたものだ、と我ながらつくづく思う。記者時代も市議になった今も…。「滅(めつ)にいたる門は大きく、その路は広く、これより入る者おほし」というルカ伝のもうひとつの説諭に恐れをなしたためかもしれない。

 

 「君たちはどう生きるか」―という忘れかけていたメッセ−ジが思いもかけず、切なくもまっすぐに生きた青春を思い出させてくれた。そして、この本の大ヒットが歴史の忘却を戒めてくれたことに感謝したい気持ちである。惜しむらくは、懐かしいあの老舗書店の建物が3・11の被災者用住宅に生まれ変わるため、間もなく解体されることである。あの大震災の受難者を救済するための、これも時代の流れで致し方のないことである。しかし、ラブレタ−を書かせてくれたジイドの名作を私は終生、忘れることはあるまいと思う。

 

 『君たちはどう生きるか』『1★9★3★7』、そして『狭き門』に共通するのは「記憶とは何か」ということに対する絶えざる問い返しのはずである。

 

(写真はわが青春の”3点セット“。『狭き門』のあちこちにはテッシュ(とは、当時は言わなかった)ならぬチリ紙が付せん代わりに挟んである)

 

 

 


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