チャップリンと核…もうひとつの平和賞ー沖縄でまた、あわやの事故! オスプレイ墜落から1年!!:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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チャップリンと核…もうひとつの平和賞ー沖縄でまた、あわやの事故! オスプレイ墜落から1年!!


 国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペ−ン」(ICAN=アイキャン)がノ−ベル平和賞を受賞したというニュ−スを聞きながら、もうひとりの受賞者はチャップリンではないかと、ふと思った。ヒントを与えてくれたのは知人で尾道市在住の映画監督、森弘太さん(78)。未認定の被爆者に焦点を当てた映画「河/あの裏切りが重く」(1967年、モントリオール国際映画祭招待作品)などの問題作を問うてきた森さんは先月、地元紙「中国新聞」に8回にわたって、表題のタイトルの連載を掲載した。目から鱗(うろこ)とはこのことか。「モダン・タイムス」「独裁者」「殺人狂時代」「ライムライト」…。チャ−ルズ・チャップリン(1889−1977年)の代表作はかなり見てきたつもりだが、世界三大喜劇王のキャラクタ−に圧倒され、その喜劇性の背後に隠された風刺(カリカチュア)や暗喩(メタファー)を見過ごしてこなかったか…。

 

 森さんは連載の中で、「欧州各国ではおおむね好評を博しながら、米国では長く上映禁止扱いにされ、研究者からもほぼ無視されている一本。核問題を扱った『ニュ−ヨ−クの王様』(1957年)がそれである」と指摘している。ヨ−ロッパのある小国の王様「シャドフ王」(チャップリン)は核の平和利用を提唱したことから「原爆」勢力に王位を奪われ、米国に亡命する。当時のニュ−ヨ−クは商業主義の真っただ中。俳優経験があることを見込まれ、テレビコマ−シャルに引っ張りだこになる。その一方で、念願の核によるユ−トピア建設の売込みにも余念がない。ある時、進歩主義を掲げる学校でマルクスを口にする10歳の少年と論争になる。後日、この少年の両親が非米活動委員会(いわゆる”赤狩り“=マッカーシズム)の糾問(きゅうもん)を受け、投獄されたことを知る。少年を滞在していたホテルにかくまったことが外部にもれ、シャドフ王自身もスパイ行為を疑われる。

 

 「一人を殺せば殺人者だが、百万人を殺せば英雄だ。殺人は数によって神聖化させられる」―。後世に残るこの警句は「殺人狂時代」(1947年)の中で、断頭台に立つ主演のチャックプリンの口から発せられた言葉である。この映画が「容共的」という理由で、チャップリンは米国を追われることになる。広島・長崎への原爆投下の2年後に映画が完成時、彼はこう語ったという。「現代文明がわれわれすべてを大量殺人者に変えようとしていることを表現しようとした。原子爆弾はこれまで想像もつかなかったほど残酷な武器であり、大勢の半狂人がどんどん増えていくような恐怖と不安を伴う」。10年後に公開される「ニュ−ヨ−クの王様」の構想はこの時にさかのぼるのではないか、と森さんは指摘。自伝やインタビュ−などから生の証言を集めている。たとえば―。

 

 「これは私の映画の中ではもっとも反抗的なものだ。私は、今話題になっている死にゆく文明の一部になるのはごめんだ(英紙インタビュ−;森さんの註「『死にゆく文明』」が核武装至上主義をうたう米国を指すのはいうまでもないだろう)、「原子核の分裂によって、人類は窮地に追いつめられ、考えざるをえなくされるのだ。自滅か、それとも賢明な行動か、選択はそこにある。いまや科学の圧迫がその決断を迫っているのだ」(『チャップリン自伝』・中野好夫訳)…。私がこの映画を観たのは確か高校3年の時ではなかったかと思う。非米活動委員会へ召喚(しょうかん)される途中、ホテルのエレベ−タ−内に設置された消火栓をいじっているうちに指が抜けなくなり、ホ−スを引きずったまま”法廷“へ。火事と間違えた警備員が元栓につないだため、今度は陪審員ら全員が水攻めに…。こんな展開に腹を抱えて爆笑したことと少年の雄弁ぶりぐらいしか、記憶に残っていない。

 

 チャップリンがこの映画を製作した1950年代、東西冷戦が激化する中で米国は太平洋ビギニ環礁で水爆実験をし、日本の漁船「第5福竜丸」が被曝(1954年)。さらに、25年後には「核の平和利用」はスリ−マイル島原発事故を引き起こした。しかし、チャップリンの反核思想に注目したフランス映画批評家協会はすでに1948年、彼をノ−ベル平和賞に推薦していたという事実はあまり知られていない。「もうひとりの受賞者」と呼びたい所以(ゆえん)である。「映画評論などで彼の反核喜劇の価値が『封印』されたままに見えるのはどうしたことか。リバイバル上映を望んでやまない」と森さんは連載を結んでいる。そういえば、今年はこの映画が公開されてからちょうど60年の節目に当たっている。

 

 そして、いま現在の光景はと言えば…。世界に君臨する当世風の「ニュ−ヨ−クの王様」と鬼退治に向かう桃太郎の家来よろしく、その王様に付き従う属国・ニッポンのプチ宰相。対するもう一方は、これまた一歩も引かない構えの「ピョンヤンの王様」…。チャ−ルズ・チャップリンが存命なら、この有様をどんな喜劇に仕立て上げ、その狂気の沙汰(さた)をどんな風に笑い飛ばしたであろうか。「殺人狂時代」から今年で丸70年―チャップリンの”予言”がズバリ、的中したということではないのか…。

 

(写真は「ニュヨークの王様」のポスタ−=インタ−ネット上に公開の写真から)

 

 

《追記−1》〜ブログを見た森さんから、さっそく返信が届いた。チャップリン映画に対する日本の驚くべき対応について、詳しく書かれていた。

 

 「著名な本と知られるミック・ブロデリック編著『ヒバクシャ・シネマ』(1999年刊)では、『原爆の子』『長崎の子』から『生きものの記録』『24時間の情事』から『第五福竜丸』、そしてゴジラ映画まで36本の核映画に論及しているが、『殺人狂時代』と『ニュ−ヨ−クの王様』はタイトルすら紹介されていない。わが国唯一の映画手引書『新映画辞典』(1980年刊)も同様である。活字分野においても米国の核軍拡と原子力産業に触れることは鬼門か?争点はずしか?米国とその同盟国のボイコット弾圧から逃避する映画ジャ−ナリズムか?チャップリンの2本の映画が、映像ジャンルと活字ジャンルの両分野でボイコットされている事情は何を意味するのか」

 

 ノ−ベル平和賞の授賞式で、カナダ在住の広島の被爆者・サ−ロ−節子さん(85)が講演した(12月12日付朝刊各紙)。「あきらめるな!(がれきを)押し続けろ!動き続けろ!光が見えるだろう?そこに向かってはって行け」―。サ−ロ−さんは奇跡の生還をとげた時の救出者の声を決して忘れることはできない。70年前のチャップリンの悲痛な叫びが重なって聞こえてきた。

 

  

《追記−2》〜米国の核の傘の下にある沖縄の米軍基地で13日、ふたたび大惨事になりかねない事故が発生した。事故現場に隣接する「普天間飛行場」は世界で一番、危険な基地と言われている。移設先(新基地建設)とされる「辺野古」(名護市)について、沖縄県は「(移設)反対」を主張しているが、国側の工事が現在も強行されている。ちょうど1年前のこの日、名護市沖の浅瀬に同飛行場所属のオスプレイが墜落・炎上する事故が起きている。琉球新報によると、2015年以降の米軍機からの落下事故は今回を含め、13件に上っている。なお、NHKスペシャル(BS1)のスクープドキュメント「核と沖縄」が今月17日(日)午後10時から、再放映される(9月24日付当ブログ「沖縄と核、そして北朝鮮の核・ミサイル」参照)

 

●「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に隣接する市立普天間第二小学校で13日午前10時10分ごろ、校庭に米軍ヘリコプタ−の窓が落下した。校庭では体育の授業が行われており、男児1人が軽いけがをした可能性があり、県警が確認している。県警によると、落下直後に小学校から『グラウンドに落下物のような物がある』と110番通報があった。落ちていたのは、90センチ四方ほどの金属製の窓枠。防衛省沖縄防衛局が米軍に問い合わせたところ、海兵隊の大型輸送ヘリCH53から窓が落ちたとの説明があったという」

 

 「県教委などによると、落下当時は2、4年生の約50人が体育の授業中だった。落下の衝撃ではねた小石が、4年生男児の左手の甲に当たったという。けがの程度は不明。学校は授業を打ち切り、全校児童を体育館に集めて安全を確認した上で、下校させるという。在沖米海兵隊は、窓の落下を認めたうえで『事態を深刻に受け止め、原因を調査している。住民に不安を与え、おわび申し上げる』とのコメントを出した。現場を視察した翁長雄志知事は、記者団に『極東の安全保障を守る中で、沖縄だけが危険な目に遭い、子どもたち、県民の生命、財産が脅かされている。差別的な安全保障のあり方を政府と米軍にしっかり伝えないといけない』と語った。宜野湾市では今月7日、同飛行場近くの保育園の屋根の上で米軍ヘリの部品が見つかっている」(13日付「朝日新聞」電子版)

 

●【東京】普天間第二小学校のグラウンドに普天間飛行場所属のCH53Eヘリコプターの窓枠が落下したことを受け、山本朋広防衛副大臣は13日、在日米軍のマルティネス司令官と防衛省で面談し、同系機の飛行自粛を求めた。児童1人がけがをしているが、山本氏は確認中として「多大な被害を与えかねない」と述べた。飛行停止は求めなかった。マルティネス司令官は「米軍の落下物であるということは間違いない」と認めた。ただ、飛行自粛については詳細を確認して、日本側に報告するとした。山本氏が会談後、記者団の取材に答えた(13日付「琉球新報」電子版)

 

●「沖縄県宜野湾市の市立普天間第二小の校庭に13日、米軍機から窓枠が落下した。同市では今月7日にも米軍機の部品とみられる円筒状の物体が緑ケ丘保育園に落下したばかり。相次ぐ落下事故は米軍基地と隣り合わせの生活の危険性を改めて示し、学校関係者らは怒りと不安の声を上げた。5年と4年の児童2人を同小に通わせている呉屋達巳さん(42)は一報を受けて学校に駆けつけた。『震えが止まらず、ドキドキしている。学校には規制線が張られて立ち入れない。これから体育館で緊急集会があるようだが、まだ詳しいことは分からない。先日も保育園に部品が落ちたばかり。許せない』と怒りをあらわにした」

 

 「3年と6年の子供2人が通う会社員男性(39)は『いつか起きると思っていたが、とうとう起きてしまった。こんな思いは沖縄の誰にも味わわせたくない。この事故によって辺野古への移設が加速しないかが一番気がかりだ』と話した。同小に隣接する幼稚園に孫を迎えに来た男性(68)は『日本にこんな危険な街はない。どこでもいいから早く普天間飛行場を動かしてほしい』と話した。(中略)7日に落下事故があった緑ケ丘保育園の神谷武宏園長(55)は保護者から普天間第二小学校で落下物があったという連絡を受けて現場に車で駆けつけた。『まだ保育園の落下事故から1週間たつかたたないかというところでとんでもない。普天間飛行場があり、上空を航空機が飛ぶ限り、こういうことが起こり続ける』と憤った」(13日付「毎日新聞」電子版)

 

●「沖縄県宜野湾市の普天間第二小学校に13日午前、米軍ヘリコプターCH53Eの窓が落下した事故で、沖縄県は日本政府に対し、安全が確認されるまで県内にある米軍機全機の飛行を中止するよう求めた。全米軍機の飛行中止を求めるのは極めて異例。富川盛武副知事は午後、県庁で中嶋浩一郎防衛局長らと面会し『今回の事故は次元が違う。航空機の窓が落ちるなんて常識では考えられない。日本の安全保障体制にも影響を与えかねない』と米軍の安全管理態勢を厳しく批判。『一歩間違えば児童の命に関わった。普天間所属機はこの1年の間に事故を何度も何度も起こしているが、米軍の運用を最優先し、安全を軽視する姿勢が招いたものだとも言える』として、沖縄の全米軍機の飛行中止を求める抗議文を手渡した」

 

 「これに対し中嶋局長は、在沖米軍幹部と面会し、落ちたのはコックピットの左側の窓との説明を受けたことを明らかにした。米側はCH53Eの安全点検を行うと約束したという。沖縄県内には、普天間飛行場に海兵隊のオスプレイや輸送ヘリなどが配備されているほか、嘉手納基地には空軍のF15戦闘機や空中給油機といった大型機が配備されている。13日午前10時過ぎ、米軍のCH53Eから窓が普天間第二小の校庭に落下した。当時は体育の授業中で児童約50人がグラウンドにいた」(13日付「朝日新聞」電子版)

 

●「沖縄県警宜野湾署によると、13日午前に宜野湾市の普天間第二小学校グラウンドに落下した米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリの窓は台形型で四方の長さ約65〜93センチ、重さ約7・7キログラム。同署によると、小学4年生の児童は『左肘辺りに何かが当たった』と話しているが、外傷はない。県警関係者によると、児童と落下地点の距離は約10メートルだったという。同署は同日午前10時15分ごろ、小学校の正門と裏門の規制を開始。午後0時36分ごろに規制を解除した」(13日付「沖縄タイムス」電子版)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 


2017.12.12:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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