Ora Orade Shitori egumo:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
Ora Orade Shitori egumo


 「永訣(えいけつ)の朝」は宮沢賢治が最愛の妹トシの死を悼(いた)んだ挽歌として知られるが、一か所だけ表題のようなロ−マ字書きになっている。日本語に変換すると「おら おらで しとり えぐも」となり、標準語に直せば「私は私ひとりで行くのだ」とでもなろうか。賢治のこのフレ−ズを下敷きにした『おらおらでひとりいぐも』が新人作家の登竜門である第54回文藝賞(河出書房新社)を受賞した。著者は岩手・遠野生まれで、木更津市在住の若竹千佐子さん(63)。初めての作品が最年長での受賞となった。選考委員の一人、文芸評論家の斎藤美奈子さんは「石牟礼道子や森崎和江をはじめて読んだときの興奮を思い出した」と評した。私自身、九州在住のお二人にはいまに至るまで影響を受け続けている。どちらも地霊とも呼べる土地の言葉を大切にする作家である。

 

 主人公は東北出身の74歳の女性「桃子さん」で、若竹さんの分身でもある。24歳で上京し、同郷の夫と結婚。2児に恵まれたが、15年前に夫に先立たれた。孤独や老い、衰え…。桃子さんはそんな境遇に晒(さら)されながらも、はじめて取り戻した「自由」をまるで謳歌でもするようにパワフルに生きていく。その「生」の原動力がふるさとの言葉である。若竹さんは受賞の言葉をこう語っている。「人生の最終局面、婆さんが手にするのはいったい何だろうか。異界を自由に行き来し、生者も死者も同じ場に集い語らって何の不思議もない境地。老いの積極性を描きたい。滅びの美しさを描きたい。そうやって一人生きる私の老いを乗り越えたい」(『文藝』2017年冬号)。読み進むうちに『遠野物語』の光景が重なった。たとえば、「サムトの婆」というこんな話―。

 

●黄昏(たそがれ)に女や子供の家の外に出ている者はよく神隠しにあうことは、他(よそ)の国々と同じ。松崎村の寒戸(さむと)というところの民家にて、若き娘、梨(なし)の樹(き)の下に草履(ぞうり)を脱ぎおきたるまま行方を知らずなり、三十年あまり過ぎたりしに、ある日、親類知音(ちいん)の人々その家に集まりてありしところへ、きわめて老いさらぼいてその女帰りきたれり。「いかにして帰ってきたか」と問えば、「人々に逢(あ)いたかりしゆえ帰りしなり。さらばまた行かん」とて、再び跡を留(とど)めず行き失(う)せたり。その日は風の烈(はげ)しく吹く日なりき。されば遠野郷の人は、今でも風の騒がしき日には、「きょうはサムトの婆(ばば)が帰ってきそうな日なり」と言う(第8話)

 

 「ほだった」(そうだった)、「おらばり」(自分だけ)。「まぶる」(見守る)、「おべでる」(覚えている)…。突然、むき出しの東北方言が出てくる。この地の出身の私にはすぐに合点がいくが、方言を解しない他の地域の人たちは果たして理解できるだろうか。前後の文脈を丹念に読んでいけば、その意味が輪郭を伴って浮き上がってくる。方言の強さを強調するための手練の筆使いである。主人公の桃子さんの口を借りれば、方言とはかくなるものである。

 

 「いつの間にか東北弁でものを考えている。晩げなのおかずは何にすべから、おらどはいったい何者だべ、まで卑近も抽象も、たまげだごどにこの頃は全部東北弁なのだ。というか、有り体にいえば、おらの心の内側で誰かがおらに話しかけてくる。東北弁で。…で、おらどの心にもあるプレ−トの東北弁はその最古層、言ってみれば手つかずの秘境に、原初の風景としてイメ−ジのように漂っているのでがす。そったに深いど手が届かないがどいうど、そでもねぐ、おらは、おらが、と一声呼びかければ、漂うイメ−ジそわそわと凝集凝結して言葉となり、手つかずの秘境の心蘇る。…んだがら東北弁がある限り、ある意味恐ろしいごどだども、おらが顕わになるのだす、そでねべが」(本文より)

 

 私は2000(平成12)年、定年を迎えた。前年、東北芸術工科大学に「東北文化研究センタ−」が設立され、柳田(国男)民俗学の研究者である赤坂憲雄さん(現学習院大学教授)らが「東北学」の重要性を提唱していた。ふるさとへ戻るかどうか迷っていたある日、東京駅前の大手書店にふらりと立ち寄った。柳田の『遠野物語』が山積みされていた。パラパラとめくると、懐かしい風景や言葉が目に飛び込んできた。戻ろうと、その時に思った。

 

 つけ加えると、ピリリとワサビのきいた文芸批評に定評がある斎藤さんのお父さんは元新潟大学名誉教授(物理学)の斎藤文一さんで、隣の北上市出身である。オ−ロラ研究の第一人者でもある文一さんには『宮沢賢治と銀河体験』、『宮沢賢治 四次元の展開』などの賢治本もたくさんある。「おらおらでひとりいぐも」という若竹さんのひとり旅が思わぬ縁(えにし)をプレゼントしてくれた。「永訣の朝」は方言を交えたこんな呼びかけで始まる。「けふのうちに/とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ/みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ(あめゆじゆとてちてけんじや=雨雪(みぞれ)を取ってきてください)」―。Ora Orade Shitori egumo」…トシの道行きが眼前に浮かんだような気がした。

 

(写真は若竹さんの受賞作が載った『文藝』2017年冬号)

 

 


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