「希望」VS「国難」:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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「希望」VS「国難」


 「希望の党/政権奪取」―。こんな見出しの記事が新聞の一面トップに躍っている。夢か幻(まぼろし)か、はたまた不吉な予感なのか、あるいは図星なのか…。実は12年前に総務省(明るい選挙推進協会)が作成した啓発映画「希望の党☆」の一場面なのだが、東京都の小池百合子知事が同名の新党を立ち上げたことによって、わずか20分余りのこの短編がインタ−ネット上で急速にツイ−トを重ねている。しかも、「若者の選挙離れ」への啓発キャンペ−ンのはずなのが、内容的にはどうも「ディストピア」(暗黒郷)の色合いが強い。「正夢にならなければ良いが…」といった声もささやかれている。

 

 監督は平成「ガメラ」3部作や「デスノ−ト」などで知られる金子修介さんで、脚本は松枝佳紀さんが担当した。ある年の選挙で「希望の党」を名乗る新興政党が過半数を制し、政権を奪取する。数カ月後、「国民権利義務省」から一通の封書が届いた。「国民選挙義務新法に基づき、選挙権を剥奪する」という内容だった。その家の主(あるじ)が3回続けて選挙を棄権したことに対する罰則だった。ペットを処分した女性は「生類憐みの法」で逮捕され、痴漢(ちかん)した男性は死刑になる。そして、やがて戦争が始まり、徴兵制で愛娘が戦地へ…。「この政党が政権を取って以来、世の中少しずつおかしくなった」―。主がぶつぶつとつぶやく語感が耳の底に着床して離れない。

 

 「ディストピア」とは言うまでもなく、「ユ−トピア」(理想郷)の反語である。ディストピア小説の代表作はイギリス人作家、ジョ−ジ・オ−ウェル(1903―1950年)の『1984』(1949年)であろう。オ−ウェルが描く全体主義国家に君臨する「ビッグブラザ−ズ」は、\鐐茲亙刃造任△襦↓⊆由は隷従(れいじゅう)である、L誼里藁呂任△襦修了阿弔離好蹇櫂ンを掲げ、国民を完全な統制下に置く。2015年9月19日、安全保障関連法が成立した際、安倍晋三首相がこれを「平和安全法制」と強弁し、「積極的平和主義」を声高に叫んだ時の誇らしげな光景が目に浮かんでくる。オ−ウェル流を忠実に実行するのは米国のトランプ大統領とその眷属(けんぞく)たる我が宰相であろうか。

 

 その人が今度は北朝鮮の脅威などをあおりながら、「国難突破解散」なる禁じ手に手を染めてしまったようである。昭和史の達人として知られる作家の半藤一利さん(87)は一刀両断、こう切り捨てる。「国難といって現在、最大の問題は北朝鮮情勢でしょうが、これはご自分がつくっていませんか、自作自演の危機ではないか、と申し上げたい。1930〜40年代の日本は、まさに今の北朝鮮の似姿です。日本をなだめたり説得したりできる国はなかった。しかし、今は日本がそうした役回りを発揮できるはずです」(9月29日付「朝日新聞」)

 

 「やっぱり(首相)『おろし』につながる『もり・かけ』隠し。つまりは『ボク難突破解散』ですな」(9月27日付「毎日新聞」電子版)―。落語家で作家の立川談四楼さん(66)は噺(はなし)家らしく、「森友・加計学園」問題をそば料理に引っかけ、こう落とした。同紙によると、1932(昭和7)年、「国難突破日本国民歌」が発表された。大阪毎日新聞(毎日新聞の前身)の懸賞募集で寄せられた詩に山田耕筰が曲をつけた。こんな歌詞だったという。「吼(ほ)えろ、嵐/恐れじ我等(われら)、見よ/天皇の燦(さん)たる御稜威(みいつ)(輝かしいご威光)/断じて徹(とお)る」(一番)……。果たして、安倍首相の記憶の底にこの歌があったのかどうか。

 

  「アウフヘ−ベンする。辞書で調べてください。いったん立ち止まって、より上の次元にという、日本語で『止揚(しよう)』という言葉で表現されます」―。小池知事は新党結成に際し、ドイツ語のこの言葉を口にした。ドイツの哲学者、ヘ−ゲルの造語で「60年安保」世代の私たちはその意味をよく理解しないまま、得意げに使ったものである。和歌山大学の江利川春雄教授(英語教育史)はこう指摘する。「小池氏は高尚なイメ−ジを演出する戦略なのだろう。だが国民政党を率いる以上、地方の有権者も視野に入れ、誰にでもわかる言葉で語らなければならない局面に入っていくのではないか」(9月27日付「朝日新聞」

 

  「希望」につけ、「国難」につけ、その美しくも勇ましい言葉の裏にはディストピアのイメ−ジが付きまとう。片や国難勢が「安保法制・改憲」容認の強行突破を目論めば、一方の希望勢もそれを”踏み絵”にすることを憚(はばか)らない。おめおめ、油断することなかれー。

 

(写真は映画「希望の党」のひとこま。「希望の党/政権奪取」の大見出しが躍っている=インタ−ネット上に公開の写真から)

 

《注;アウフヘ−ベンとは?》

 『大辞林』には「あるものをそのものとしては否定するが、契機として保存し、より高い段階で生かすこと。矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること」とあるが、ますますわからない。一橋大学の大河内泰樹教授(哲学)はこう解説する。「花が枯れて種ができる。花だった時の姿は否定されているが、結果的に種の中に花の要素がとどまっているというイメージ」(同日付「朝日新聞」)。わかったようで…。

 

 

 

 

 

 


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