Atomic−Bear(アトミック・ベア):はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
Atomic−Bear(アトミック・ベア)



 足元が揺れたと思ったら、耳をつんざくような轟音が頭上に広がった。悲鳴を上げ、誰かがしがみついている。ふり向くと、それはわが妻である―。かつて、小川原湖の自然や核燃施設などのドキュメンタリ−映画を手がけた友人の映画監督と数年ぶりに隣県の青森県に出かけた。高速道路を利用すると、わずか2時間半ほどの距離である。タッチアンドゴ−(離着陸同時訓練)を繰り返すジェット戦闘機…。たとえば、沖縄の嘉手納飛行場や普天間飛行場では当たり前のような、既視(聴)感のある光景や爆音だが、ここは本州北端の基地の町である。怯(おび)えたような妻の表情は遥か南の島では日常そのものである。この気の遠くなるような懸隔(けんかく)―。

 中核市の三沢市の四分の一(約25%)を占めるのは在日米軍(主力は空軍)「三沢基地」である。ちなみに、「辺野古」新基地建設やオスプレイ離着陸帯などの建設に翻弄(ほんろう)される沖縄県の約70%に比べ、ここは全国で第2位、本州最大の規模である。戦前、旧日本軍の空の拠点として整備され、戦後にアメリカ軍に接収された。米ソの冷戦構造をへて現在に至っており、航空自衛隊と民間航空が利用する共用施設でもある。生物多様性の宝庫ともいわれる小河原湖の白波の遥か向こうにゴルフボ−ルみたいな造形物が見えた。かつて、“象のオリ”と呼ばれた通信傍受用の巨大アンテナ群に代わって、登場したレ−ダ−サイトである。

 「本来、あるべきものが、ここにはない」―。南に向けられた目に焼き付いた、たとえば、基地反対を訴える抗議の姿がここにはない。そのことに虚を突かれた思いがした。日常と非日常の逆転劇…。案内役を買ってくれた元教員で郷土史家の川村正さん(70)が低い声でつぶやいた。「慣れって、本当に恐ろしいですね。かつては見たこともなかった光景がいつの間にか目になじんでくるというか…」。基地からほど近い場所に川村さんが手塩にかけた「歴史民俗資料館」があった。北日本最古の土偶、縄文晩期の彩色土器、そしてアイヌの影響が見られる擦文(さつもん)土器…。約2万年前から続く歴史の息遣いが伝わってきた。「基地の下は縄文だらけ。まさに原始から原子まで…。さぁ、行きましょうか」と川村さんは私たちを促した。

 北上して小一時間、突然、目の前に異様な光景が現れた。ウラン濃縮工場、低レベル放射性廃棄物埋設センタ−、再処理工場…。日本原燃(KK)が六ヶ所村に立地した”核燃”施設である。私が異様に感じたのはこれらの施設というよりも、それをぐるりと取り囲む風力発電の余りにも不釣り合いな風景だった。「アトムから自然エネルギ−へ!?」。この地方特有の風―「やませ」を利用してクルクル回る巨大風車をぼんやりと眺めていると、川村さんが一瞬、耳を疑うようなことを口にした。「実は原燃のこの敷地内には三匹のくまが住みついているんです。ある時は非常階段をよじ登って、屋上に現われたり…」―。

 しばらく、キョトンとしていた私は次の瞬間、ある小説を思い出した。作家の川上弘美さんの『神様/2011』(2011年9月)である。前作『神様』(1993年)を下敷きにしたリメイク作品だが、東日本大震災と福島第一原発事故(3・11)以来のさまざまな出来事が二つの作品に決定的な亀裂を生じさせている。両作品とも「くまにさそわれて散歩に出る」という書き出しで始まる。そのくまは最近、三つ隣の305号室に引っ越してきたばかり。散歩というよりはハイキングの方がぴったりする。行き先は歩いて20分ほどの川原。そこでは多くの人たちが泳いだり、釣りを楽しんだりしている。

 くまは突然、川に入り込み、魚を手づかみする。「今日の記念に」と言って、用意してきた粗塩を振りかけ、手際よく干物に仕上げる。2人は一緒に昼食を取り、少し昼寝をする。散歩を終えた別れ際、くまは遠慮がちに言う。「抱擁を交わしていただけますか。親しい人と別れるときの故郷の習慣なのです」。互いに抱擁し、2人はそれぞれの部屋に引き返す。くまとの隔たりのなさといい、のんびりとした川原の光景といい…心象に記憶されてきた懐かしいたたずまいが眼前に広がっていく。

 ところが、後作ではその光景が一変する。道中、防護服と防塵マスクで身を固めた作業員が目立ち、家族連れが多かった川原に子どもの姿はない。「くまは、ストロンチウムにも、プルトニウムにも強いんだってな」と防護服がつぶやく。袋の中からガイガ−カウンタ−を取り出したくまが、お互いの放射線量を計測する。いつものように抱擁の儀式を終えた「わたし」は寝る前に総被爆線量を計算するのを忘れない。作者はあとがきこう書いている。「原子力利用にともなう危険を警告する、という大上段にかまえた姿勢で書いたのでは、まったくありません。それよりもむしろ、日常は続いてゆく、けれどもその日常は何かのことで大きく変化してしまう可能性をもつものだ、という大きな驚きの気持ちをこめて書きました」

 何とも名状しがたい複雑な気持ちを抱きながら、私たちは原子力村(六ヶ所村)を後にし、下北半島を目指した。向かう先の標識には「恐山」と書かれていた。死者の霊が集まる霊山である。この半島にも東通原発の建設が予定されている。とその時、原燃職員が三匹のくまたちの被ばく線量を測定している場面が目の前に去来した。いや、そんな錯覚にとらわれたのである。錯誤であることを私は祈った。遠いオキナワではなく、その光景は背中合わせの場所にいまもあり続けている。爆音を引きずりながら、さっきのジェット戦闘機は太平洋のかなたに機影を消した。


(写真は核燃施設の周辺には風力発電が林立。風車が強い風を受けて回っていた=8月25日、青森県六ヶ所村で)


Atomic−Bear―1

小河原湖畔に接するように建てられた在日米軍のレーダーサイト=8月25日、青森県三沢市で
2017.08.27 [修正 | 削除]
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