「老老」日記…マヨイガとデンデラ野の狭間にて―東日本大震災から丸10年:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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「老老」日記…マヨイガとデンデラ野の狭間にて―東日本大震災から丸10年


 

 「あの津波の日,わたしたちは『そこ』にいた。そして、岬の古い家(マヨイガ)で家族のように暮らしはじめた」―。東日本大震災(3・11)から丸10年を目の前にした2月初旬、被災地再生の物語ともいえる演劇「岬のマヨイガ」(脚本・演出、詩森ろば)を盛岡劇場で観た。原作は当地・花巻出身の童話作家、柏葉幸子さん(67)の同名の作品で、野間児童文芸賞の受賞作。鑑賞しながら、不思議な既視感にとらわれた。コロナ禍の中でバラバラになった人間関係をもう一度、結(ゆ)い直そうという記憶の磁場みたいなものを感じたからだろうか。

 

 あの日―。父母を交通事故で失い、言葉を話せなくなった少女「ひより」と、夫の暴力に耐えかね、東京から逃れてきた「ゆい」、それに遠野生まれの86歳のおばあちゃん「キワ」の3人はそれぞれの事情で沿岸にある岬の駅「狐崎」に降り立った。大震災に見舞われたのはまさにその時である。中学校の体育館に避難したふたりは、身元を問われて困惑してしまう。帰れる家も帰りたい家もないからである。救いの手を差し伸べたのがキワばあちゃんだった。血のつながらない3人の不思議な共同生活が岬の突端にあった大きな古い家で始まった。津波を引き起こしたのはどうもウミヘビの仕業らしい。女優、竹下景子が演じるキワばあちゃんの出番である。

 

 「遠野では、山中の不思議な家をマヨイガといいます。マヨイガに行き当たった人は、かならずその家の道具や家畜、なんでもよいから、持ってくることになっているのです。なぜなら、その人に授けようとして、このような幻(まぼろし)の家を見せるからです」(口語訳『遠野物語』:柳田國男著、後藤総一郎監修)―。「岬のマヨイガ」を舞台としたウミヘビ退治の合戦の始まりである。キワばあちゃんの神通力で近郷近在のカッパたちがおっとり刀で駆けつけたかと思えば、老いて“妖怪”に変身したオオカミや猿などの「ふったち(経立)」たちも縦横無尽に活躍する。遠い記憶の総動員…。舞台にくぎ付けになっているうちに、もうひとつの物語がよみがえった。

 

 111話の「ダンノハナと蓮台野(れんだいの)」と題する小話にはこうある。「昔は、60歳をこえた老人はみんな、この蓮台野に追(お)ってやるならわしがありました。追われた老人も、むだに死んでしまうわけにはいきませんから、日中は里に降りて、農作業などをして暮らしを立てていました。そのために、いまでも山口、土淵のあたりでは、朝、田畑に働きに出ることを『ハカダチ』といい、夕方になって、野良(のら)から帰ることを『ハカアガリ』というそうです」(同上)

 

 私がいま、入居している「サ高住」(サ−ビス付き高齢者向け住宅)がさしずめ、この蓮台野に相当するのかもしれない。当年80歳の私のように死ぬまでに若干、間があるような“元気老人”のつかの間の「生けれる場所」である。そう思って、あたりを見回してみたら…。あれっ!「ハカダチ」の気配はほとんどないではないか。111話の注釈にこんなことが書いてある。「境の神を祭る塚のある小高い丘をダンノハナ(共同墓地)といい、それと向かい合う場所に蓮台野があります。デンデラ野と呼ばれる姥捨(うばすて)の地でした」―。施設の中はし〜んと静まり返り、高齢の入居者の多くは食事以外は自室にこもりがちである。「もしや、ここは現代のデンデラ野ではないのか」―そう思うと、背筋にゾッと寒気が走った。

 

 「あの震災から10年。やっと、たちあがり一歩二歩と歩き出したのに、このコロナです。今は立ち止まってますが、必ず次の1歩を力強く踏み出したい。踏み出せると信じています。そして、『岬のマヨイガ』のお芝居が、その力になるだろうと確信しております」―。柏葉さんは今回の舞台化にこんなメッセ−ジを寄せている。さて、この私はといえば、「マヨイガ」と「デンデラ野」の間を行ったり来たりする苦悶の日々である。マスコミは連日、高齢者のコロナ死を伝えている。

 

 なお、柏葉さんには今年4月、「新花巻図書館―まるごと市民会議」が主催する「図書館と私」シリ−ズのオンライン講演会に講師としてお招きする予定である。ご期待ください。

 

 

 

(写真は舞台狭しと躍動するカッパたち=インターネット上に公開の写真から)

 

 

 

《追記-1》〜証言記録・東日本大震災「住民主導の集団移転―宮城県東松島市」

 

 「新花巻図書館―まるごと市民会議」主催のオンライン講演会「私と図書館」シリーズの3人目の講師である映像作家、澄川嘉彦さんが制作した表題のドキュメンタリー映像が14日(日)午前10時5分からNHKの総合テレビで放映される。澄川さんは「『住むのは私たち』という点では震災復興も図書館づくりも根っこは同じ」と話している。オンライン講演会は2月28日(日)午後2時から。15日付広報「はなまき」や「まるごと市民会議」のフェイスブックで案内している。

 

 

《追記ー2》〜なんという因果!?

 

 澄川作品が放映される前日の深夜、福島県沖を震源とする最大震度6強の大地震が発生した。「3・11」の余震とみられる。10年前の記憶を呼び戻そうとするかのような”神意”さえ感じる。それにしても、なんという因果か――。地震報道のため、放映は少し遅れて始まった。東松島市の復興の足取りを伝える画面上には今回の地震の負傷者など被害状況のテロップが流れ続けていた。

 

 

 

 

 


2021.02.11:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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