号外―図書館とホ−ムレス…映画「パブリック」からのメッセージ:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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号外―図書館とホ−ムレス…映画「パブリック」からのメッセージ


 

 「I can see clearly now the rain is gone(雨が止んだいま、視界は良好さ)/I can see all obstacles in my way(俺に立ちはだかるものが全部見えるよ)」―。素っ裸の男たちが大声で歌いながら、警察の護送車に向かって歩むラストシ−ンにぐっときた。映画「パブリック」(エミリオ・エステベス監督、2018年)は大寒波の中、図書館を占拠した黒人ホ−ムレスたちの奇想天外な姿を描いた米国映画で、サブタイトルは「図書館の奇跡」。コロナウイルスの脅威と未曾有の自然災害にさらされる現代社会にとって、「図書館の役割とは何か」―を根底から考え直すきっかけが与えられる作品である。

 

 「今夜は帰らない。ここを占拠する」―。米オハイオ州シンシナティの公共図書館を根城にしているホ−ムレスのリ−ダ−が突然、エステベス監督自身が扮する図書館員のスチュア−トにこう告げたことから、上を下への“騒動”へと発展する。そのころ、シンシナティはまれに見る寒波に見舞われ、行政が用意した緊急用シェルタ−からあぶれたホ−ムレスが路上で凍死するという悲劇が続出。「Make some noise」(声を上げろ)という呼びかけに約70人の仲間たちが立ち上がった。「voice」(声)ではなく、「noise」(雑音)である。集団の怒りがそこにはある。

 

 「図書館のル−ルを守るべきか、ホ−ムレスの人権を優先させるべきか」―。難しい決断を迫られたスチュア−トには実は薬物中毒や万引きなどの前科があり、自身も路上生活を経験したことがあったが、どん底の彼を救ったのは「本との出会い」だった。図書館の外では市警察や次期市長選に出馬予定の検察官、それにスチュア−トの前科を暴き立て、「占拠はこの男がそそのかした」などとセンセ−ショナルをあおり続けるテレビ中継など騒然とした雰囲気になっていた。混乱の中でインタビュ−に応じ、ホ−ムレスの窮状を訴えたスチア−トが口にしたのは意外にも、ジョン・スタイベックの小説『怒りの葡萄』の一節だった。「ここには告発しても足りぬ罪がある。ここには涙では表しきれぬ悲しみがある」……

 

 「彼らは臭いから…」―。東日本に甚大な被害をもたらした台風19号が接近していた昨年10月、東京・台東区の自主避難所で、ホ−ムレスが区職員によって受け入れを拒否されるという出来事があった。実はこの映画の中でも“体臭”を理由に入館を拒否されたホ−ムレスが裁判を起こし、図書館側が敗訴するというエピソ−ドが紹介されている。ホ−ムレスに対するこうした“排外主義”は内外を問わない。たとえば、花巻市主催の20代・高校生対象の「としょかんワ−クショップ」(8月8日)で、ある高校生は「変な人が来ない」図書館が欲しいという意見を述べている。視野の向う側に無意識のうちに「ホ−ムレス」の姿を見ていたのかもしれない。

 

 その片言隻句(へんげんせっく)をあげつらうつもりは毛頭ない。そうではなく、「新花巻図書館」問題に揺れる今こそ、私たち市民はこの映画の問いかけにきちんと、耳を傾けるべきではないのか。恐ろしいのはこのような無意識の“意識”である…。そんなことをつらつら考えていると、画面ではテレビ中継で事態を知った市民たちが次々と洋服や食べ物などの救援物資を手に図書館前に集結していた。図書館がまるでライフラインの拠点と化している。この逆転の光景に胸が熱くなった。

 

 冒頭の歌はジャマイカ出身のレゲエ歌手、ジミ−・クリフ(72歳)が1993年にリリ−スしたヒット曲「I can see clearly now」である。スチュア−トの勇気に背中を押されるように図書館長が号令をかける。「図書館はこの国の民主主義の最後の砦だ。戦場にさせてたまるか」―。自ら進んで連行されるホ−ムレスの集団は続けてこう歌う。「Gone are the dark clouds /that had me blind」(空をさえぎっていた雲が流れていった/まぶしいくらい明るい一日になる)……。黒人に対する警察側の残虐行為に抗議して始まった「B・L・M」(Black・Lives・Matter=黒人の命も大事)運動の光景が交錯した。“道徳上の任務”という言葉を使って、エステベス監督は映画製作の動機をこう語っている。

 

 「アルコ−ル依存症や麻薬中毒がこの国の図書館を利用するホ−ムレスたちをひどく悩ましている現状を受けて、『ニ−バ−の祈り』も必ずバナ−(画像)に取り入れようと思った。図書館員は事実上のソ−シャルワ−カ−であり、救急隊員だ。オピオイド(鎮痛剤)過剰使用時の救命薬の取り扱い訓練を図書館員が受けるケ−スも珍しくない」(パンフレットから)

 

 

  「公立」ではなく、「公共」という訳語がぴったりのこの映画は、まるで現下のコロナ禍を予見したメタファ(暗喩)のような気さえする。”奇跡”を呼び起こす存在としての図書館の可能性を私たちは今一度、論じなければならない。スチュアートが読み上げたスタインベックの代表作は世界中のどこの図書館にも常備されている蔵書である。私はそのことの意味にこだわり続けたいと思っている。図書館とは歴史を語り継ぐ「ストレージ」(記憶装置)でもある、と……

 

 

 

 

 

(写真は映画「パブリック」の一場面=インタ−ネット上に公開の写真から)

 

 

 

《注》〜「ニ−バ−の祈り」

 

 アメリカの神学者、ラインホルド・ニ−バ−(1892―1971年)が作者であるとされる。当初、無題だった祈りの言葉の通称。Serenityの日本語の訳語から「平静の祈り」「静穏の祈り」とも呼称される。この祈りは、アルコ−ル依存症克服のための組織「アルコホ−リクス・アノニマス」や薬物依存症神経症の克服を支援するプログラム12ステップのプログラムによって採用され、広く知られるようになった(ウキペディアより)

 


2020.10.01:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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