「1984」から「R帝国」、そして「2084」へ:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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「1984」から「R帝国」、そして「2084」へ


 「朝、目が覚めるとR帝国が出現していた」―。「R帝国」とは作家、中村文則さん(40)の最新作のタイトルである。総選挙の2日前、中村さんは「選挙の結果次第では、たぶん日本は見たこともない景色を見ることになると、僕は思います」(10月20日付「週刊金曜日」)と語っていた。目の前にはいま、その通りの景色が果てしなく広がっている。そう、R帝国という名の独裁国家が…。でもどうも様子がちがうのだ。かつて、この種の国家は上からの強制によって樹立されるのが普通だったが、今回は私たち有権者が率先して建国に力を貸したフシがある。その創造主が私たち自身だったとすれば、この国はいまかつて経験したことのない、歴史の転換点に立たされているのかもしれない。

 

 物語の舞台は絶対的な権力を握る「国家党」に支配された島国―R帝国。人権保護の訴えは一笑にふされ、「抵抗」という言葉はすでに死語になっている。世論の圧倒的な支持のもとに他国との戦争を繰り返し、少数意見は巧妙な情報操作で排除されていく。「人々が欲しいのは、真実ではなく半径5メ−トルの幸福なのだ」と党幹部がうそぶく場面がある。生々しい既視感がある。「森友・加計」問題や陸上自衛隊の「日報」問題、共謀罪の強行採決、「(震災が)あっちで良かった」発言…。その渦中にいた“戦犯”たちが花束を手に呵々(かか)大笑しているではないか。まさにこれまで「見たここともない景色」である。

 

 「戦争は平和である 」「自由は屈従である 」「無知は力である」 ―。デイストピア(反ユ−トピア)小説の元祖であるイギリス人作家、ジョ−ジ・オ−ウェル(1903―1950年)は代表作『1984』の中で、独裁国家「ビッグブラザ−」のスロ−ガンとして、この三つを掲げている。さらに真理省や愛情省、平和省、豊富省などと命名した下部組織を置き、「真理省」は歴史記録や公文書の改ざん、架空の人物のでっち上げ、「愛情省」は反体制分子に対する尋問や拷問、処刑などを主要な任務にしていた。33年後のいま、日本にはもうこんな監視網は必要ないらしい。R帝国を貫くのは「半径5メ−トルの幸福」…つまり「幸福とは閉鎖である」というスロ−ガンなのだから。

 

 「国会を見ていると、事実より隠蔽(いんぺい)の、説明より突破の、共生より排他の強引な政治のように感じる。そしてそれらを、論というよりは感情によって支える人達が様々に擁護していく。時代の空気と政治は、往々にしてリンクしてしまうことがある。論が感情にかき消されていく。支持する人達は感情で支持してくれるし、あとは北朝鮮の名を連呼して突破する」(10月6日付「朝日新聞」)―。今回の総選挙の2週間ほど前、中村さんはこう語った。アウシュビッツや「9・11」(アメリカ同時多発テロ)…。フィクションでありながら、突然、作中にノンフィクションの手法が織り込まれ、ドギマギさせられることがある。たとえば、沖縄戦におけるこんな凄惨な描写―。

 

 「血液が地面に広がっていく。本来地面に吸われていくはずの血液が、あまりに量が多過ぎるため溜(た)まりとなり、赤く黒く広がっていく。きちんと殺すことができず泣きながら謝る声が響く。早くとどめをさしてと哀願する声が響く。意味がわからずに泣き叫ぶ子供の声が響く」。こう回想するのは皮肉にも国家党を牛耳る幹部である。「沖縄戦のことは本を読んだだけの知識ではなく、現地の人がどう認識しているかということがいちばん大事だと思うので…」と中村さんはインタビュ−に答えている。「隠蔽」「突破」「排他」ー。まさに三位一体ともいえる日本政府のこうしたやり方は米軍基地問題など沖縄の現状にそのまま当てはまる。中村さんはこの国と国民の多くの「半径5メートル」の危機をここに見抜いたのだと思う。

 

 『1984』から100年後の世界を描いた『2084/世界の終わり』(中村佳子訳)が最近、世に問われた。著者はアルジェリアの作家、ブアレル・サンラル。フランスで最も権威のあるアカデ−ミ−フランセ−ズ小説賞のグランプリを受賞し、今回が初めての邦訳となる。核戦争による「大聖戦」によって誕生した恐怖政治の実態が描かれ、主人公はこう述懐する。「自分は反乱や、自由、境界の向こうの新しい人生を夢見た。…人間というのは反抗を通してしか、反抗によってしか、存在することも、おのれを知ることもできないのだと思った」―。『1984』から『R帝国』、そして『2084』へと向かう近未来を予言していると思えば、あまりにも切なくはないか。

 

 ふと、「昭和の妖怪」と呼ばれたある人物を思い出した。安倍晋三首相が「政治の師」と仰ぐ祖父の岸信介・元首相である。先の戦争でA級戦犯に問われたが、「60年安保」当時の日本のトップに君臨し、現在の沖縄の基地固定化など現下の政治の基礎を築いたひとりである。果たせなかった宿願こそが「憲法改正」だった。現首相は祖父が成しとげることができなかった遺志の実現を夢見ているのだろう。『R帝国』のトビラには「人々は、小さな嘘(うそ)より大きな嘘の騙(だま)されやすい」というアドルフ・ヒトラ−の言葉が添えられ、こんな書き出しで幕を開ける。

 

 「朝、目が覚めると戦争が始まっていた」―。

 

 「世界は今後、ますます生き難いものになっていくかもしれない。でも希望は捨てないように。共に生きましょう」と中村さんはあとがきに書いている。「夏草や/兵(つわもの)どもが/夢の跡」(芭蕉)―。選挙の残骸に身をさらしながら心底、思う。たとえ、鵺(ぬえ)のようなファシズム(全体主義)の中に一条の光を探すようなものであったとしても、今度こそ本当の「希望」を求めて…。

 

(写真は自衛隊の明記など「憲法改正」に前向きな安倍首相=インタ−ネット上に公開の写真より

 


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